ティーバッグの安全性(3)

目次

6.ナノプラスチックはなぜできる?

マイクロプラスチックやナノプラスチックができる原理

ここで少し整理しておきます。
まず、マイクロプラスチックは消化系から排出が可能ですが、ナノプラスチックは粒子が小さく、腸から吸収されてしまうので血液や細胞・組織に侵入可能だということを見てきました。加えて、物質との反応性も良いため、人体に対する影響はマイクロプラスチックよりもさらに大きくなるのではないかと考えられています。

なのでここからは主にナノプラスチックについてを扱っていきます。マイクロプラスチックも1µmくらいのものは便宜上ナノプラスチックとして扱うことにします。

プラスチック製品が劣化により断片化し、マイクロプラスチックが生成されます。そしてさらにそれが劣化してナノプラスチックが生成されます。

ティーバッグを使っていて、別に溶けているわけでもないのになぜナノプラスチックが問題になるのだろう?という疑問があります。プラスチックの劣化というと、熱などでドロドロと溶けていくイメージを持つ人が多いと思います。しかし、それはプラスチックの融点(溶け始める温度)以上の温度でなければドロドロに溶けるという現象は起きません。ナノプラスチックを考える場合に大切なのは「劣化する温度を表す言葉」つまり

「ガラス転移点」

という言葉です。ガラス転移点というのは、物質が実際に目に見えてドロドロと溶ける、普通に想像しやすい融点ではなくて、目には見えないけど成分の分子が壊れ始める温度のことで、プラスチックや樹脂などの素材が固い状態から柔らかく変化する温度です。分子同士の結合がゆるみ、動きやすくなる温度でもあります。一般的な融点より低いのが特徴です。

ガラス転移点
ガラス転移点

そこで、ティーバッグの素材となる物質のガラス転換点を見ていきましょう。

・ポリプロピレン:0℃
・セルロース繊維:25℃(乾燥状態だと240~279℃)
・ポリエステル:69℃
・ポリエチレン:-125℃
・ナイロン6:50℃

どれも紅茶の抽出の適性温度の98℃以下であることがわかります。ちょっと分かりにくいのがセルロースで乾燥した状態だとガラス転移点が240~279℃と高温です。しかし、これが水中となると25℃にまで低下する性質を持っています。熱に強いはずのセルロースからなぜ1滴 (1㎖) あたり1億3500万個もナノプラスチックが検出されたのか、くまも大変疑問だったのですが、実はこれが理由だったのです。また、この話の最初に出てきたバルセロナ自治大学の研究ではマイクロプラスチックと共にマイクロファイバー (細かいプラスチックの繊維のこと) も検出していたようです。

話は少し脱線しますがペットボトルの材料であるポリエチレンテレフタレート(PET)のガラス転移点は、約70~85℃です。1リットルの水(標準サイズのボトル入り飲料水2本分)に平均24万個のプラスチック粒子が含まれていて、そのうち90%はナノプラスチック、残りがマイクロプラスチックと特定された、という研究もあるようです。くまはわざわざ水を買うというのがピンとこない考え方が古いくまなので、ペットボトルで水買っている人は大変だ、と思ったのですが、どうやら水道水にも多少は入っているらしいので、あらあらあら、という感じです。

7.バイオプラスチック

バイオプラスチック

従来のプラスチックをやめてバイオプラスチックにしたらこの問題はどうなるのか、という事について考えていきたいと思います。

バイオプラスチックには大きく分けて2つあります。1つはバイオマスプラスチック、もう1つが生分解性プラスチックです。日本バイオプラスチック協会の定義によると以下のようになります。

バイオマスプラスチック

再生可能なバイオマス資源を原料に、化学的または生物学的に合成することで得られるプラスチック。それを焼却処分した場合でも、バイオマスのもつカーボンニュートラル性から、大気中のCO2の濃度を上昇させないという特徴がある。これにより、地球温暖化の防止や化石資源への依存度低減にも貢献することが期待される。
(『バイオマスプラスチック入門』日本バイオプラスチック協会より)

と、なっています。主な用途を見てみると、食品容器包装、レジ袋、こみ収集袋、非食品容器包装、衣料繊維、電気・情報機器、OA機器、自動車等となっていて、どうも食品に向いているタイプのものではなさそうです。それでは、もう1つの生分解性プラスチックの方はどうでしょうか?また日本バイオプラスチック協会の定義を引用します。

生分解性プラスチック

生分解性プラスチックは、通常のプラスチックと同様に使うことができ、使用後は自然界に存在する微生物の働きで、最終的に水と二酸化炭素に分解され自然界へと循環するプラスチック。食品残渣等を生分解性プラスチックの収集袋で回収、堆肥化・ガス化することにより、食品残渣は堆肥やメタンガスに再資源され、収集袋は生分解されるため、廃棄物の削減に繋がる。また、マルチフィルムを生分解性プラスチックにすれば、作物収穫後にマルチフィルムを畑に鋤き込むことで、廃棄物の回収が不要となり、発生抑制に繋がる。
(『生分解性プラスチック入門』日本バイオプラスチック協会より)

と、なっています。主な用途を見てみると、農業・土木資材 (マルチフィルム、燻蒸フィルム、獣害対策忌避ネット等)、食品残渣(生ごみ)収集袋
(堆肥化・メタンガス発酵施設へ)、食品容器包装(食品容器包装・カトラリー・ストロー等)とあります。こちらは食品を対象にしてもよさそうです。まとめると以下の図のようになります。

バイオプラスチック
バイオプラスチック

結論を先に言ってしまうと、生分解性プラスチックならばこのティーバッグ問題を解決できる可能性が見えてきたのです。

8.生分解性バイオマスプラスチック

バイオプラスチックの中でも注目すべきは生分解性で植物などの生物由来のプラスチックということになります。生分解性プラスチックは自然界の微生物により水と二酸化炭素に完全に分解されるプラスチックです。バイオマスプラスチックは生物由来原料100%または石油由来原料と混ざっているプラスチックのことです。そうすると両方の性質が合わさったものというと7の図の真ん中、下図でいえば右上に当たる「生分解性バイオマスプラスチック」になります。実はこの中に分類されるPLA、PLGA、PHBHはすでに医療用に使われていて安全性が確保されているものなのです。

バイオプラスチックの物質名の分類
バイオプラスチックの物質名の分類

生分解性バイオマスプラスチックでも、ガラス転移点はあります。

・PLA :55℃
・PLGA:45~55℃
・PDO :-

と、なります。これではナノプラスチックが出てしまいます。そこで各々を1つずつ見てゆきます。(参考文献1、2)

ポリ乳酸 (Poly Lactic Acid / PLA)

PLA は再生可能な資源であり、通常はコーンスターチとサトウキビから作られています。また最近はジャガイモからも作られているようです。ポリ乳酸の 「ポリ」は「多くの」という意味なので、ポリ乳酸(PLA)は文字通り「乳酸がたくさんつながってできているもの」です。乳酸は人間の体内に普通に存在するものですから安全なプラスチックだといえます。事実、生体吸収性の医療機器によく使用されます。簡単に言えば手術で使う「溶ける糸」です。体内に吸収されても、乳酸になり、その後、水と二酸化炭素に分解されるので、PLAのナノプラスチックが出て、それを体内に取り込んでも安心なものなのです。

PLA分解のイメージ
PLA分解のイメージ

ポリ乳酸-グリコール酸共酸(Poly Lactic-co-Glycolic Acid / PLGA)

PLGAはPLA の混合物であり、組織工学、外科インプラント、薬物送達システムに最適です。PLGA は生体適合性が非常に優れています。乳酸とグリコール酸が結合した生分解性のポリマーで、体内で加水分解されて乳酸とグリコール酸に戻ります。乳酸もグリコール酸も普通に体内にあるものですし、最終的には水と二酸化炭素に分解されます。生体吸収性が高く、体内蓄積性がないため、安全性の高い材料として知られています。これも手術のときの「溶ける糸」の材料です。ですからPLGAのナノプラスチックが体内に入ったとしても安全です。

ポリジオキサノン (Polydioxanone / PDO)

参考までに、よく「溶ける糸」で使われるPDOも上げておきました。PDO は、ジオキサノンモノマーの繰り返しによって形成される無色の生分解性ポリマーです。体内で加水分解によって徐々に分解されます。この化学反応では、水分子がポリマーの結合を切断し、より小さな分子に分解します。これらの小さな分子は最終的に体内でさらに分解され、水と二酸化炭素に変わります。最終的には排泄システム(呼気、尿、汗)を通じて体外に排出されます。

ただし、大変水に溶けやすい性質を持っているのでティーバッグには残念ながら不向きです。

以上からPLA、PLGAでティーバッグを作ればマイクロプラスチックの問題は解決することになります。

9.生分解性バイオマスプラスチックがあまり普及していない理由

第1回から色々と考えてきて、やっと解決策がわかったとはいえ、ではなぜ、こうした生分解性プラスチックがポピュラーなものにならないのでしょうか。それには、いくつかのデメリットがあるからなのです。ここではそれを見ていきます。

1.コスト

これは一番わかりやすい理由だと思います。生分解性バイオマスプラスチックは以前と比べれば安くはなりました。しかし安くなったとはいえ依然高いのは事実です。具体的にいえば、生分解性バイオマスプラスチックの価格は汎用樹脂の5~10倍以上になります。この分の値上げを消費者が受け入れてくれるのか?受け入れてくれたとして販売量は落ちないか?等、製造者にとって頭の痛い問題であることは間違いありません。

2.信頼性

生分解性バイオマスプラスチックは従来のプラスチックと比べると耐久性、強度の面で劣ります。でもティーバッグに限っていえば、これはそんなに問題ではないでしょう。

3.処理施設がたりていない

生分解性バイオマスプラスチックは、それぞれ分解のプロセスや機関が異なります。基本的には自然環境の中に放置しておけば勝手に分解してくれるわけではありません。例えばPLAの分解には60℃以上の熱が加わることが条件になっています。自然に近い環境で60℃を超える条件となるのはコンポストくらいです。でも、マンション住まいなどの場合、コンポストを常備するというのは現実的に難しいです。そうした処理の缶,今日が整っていないのも問題です。

コンポスト
コンポスト

4.消費者の意識不足

コストの面で見たような生分解性バイオマスプラスチックの導入費用を消費者が当然の対価として出す意識ができているかという問題や、3で見たようなことを理解しないでそのまま捨ててしまったりしては意味がありません。

5.規制や法律の整備不足

生分解性バイオマスプラスチックの普及促進は一企業の努力だけでできるものではありません。広い枠組みとして適切な規制や法律の整備が必要になってきます。しかし、ティーバッグだけに限ればそこまで難しくはないと思います。ティーバッグ問題が生分解性バイオマスプラスチックの普及のための第一歩となったら素敵ですね。

10.実際はどうなのか

解決策がわかっても、実現されていなければ意味がありません。そこで現実に今どのようなうごとんきがあるかを具体例をあげながら賞。介していきたいと思います。

伊藤園の取り組み

伊藤園では生分解性バイオマスプラスチックの導入を2020年の段階から取り組んでいます。例えば「お~いお茶 緑茶」ティーバッグはPLA製です。これに関しては『「お~いお茶 緑茶」ティーバッグに植物由来の生分解性フィルターを採用 4月13日(月)販売開始』
のニュースリリースからも確認できます。

山中産業株式会社「ソイロン」

京都市に本社を置く山中産業株式会社は1999年にPLA(ポリ乳酸)を原料としたメッシュ(織物)フィルター「ソイロン」を世界で最初に開発し,ティーバッグフィルター「ソイロン」として展開しています。

しかし、9の1で見たように従来品と比べて価格が高く、販売はなかなか軌道に乗らなかったそうです。しかし、環境に対する意識が高い海外での需要が高くなりヨーロッパを中心に販売が伸びているそうです。

日本で世界に先駆けてこのような素晴らしいものができているのに、ヨーロッパが中心で、お茶の生産国でもある日本では今一つというのは、私たち消費者が本当に自分たちの利益になることから眼を背けてしまっているといわれても反論できません。本当に恥ずかしいことです。
(参考文献3)

丸井織物株式会社

石川県に本社を置く丸井織物株式会社もPLA(ポリ乳酸)繊維を使ったティーバッグの開発をしています。
(参考文献4)

これらの他にもいくつかの会社がPLA(ポリ乳酸)繊維を用いたティーバッグが作られています。

11.まとめ

このように全3回で見てきましたが、結論として、

「ティーバッグからマイクロプラスチックやナノプラスチックが出ないようにするのは不可能」

ということがわかりました。しかし、その対策として

「生分解性バイオマスプラスチック繊維でティーバッグを作れば良い」

という事もわかりました。そして、実際に製造している企業がいくつも日本にあることもわかりました。しかし、普及していないのが事実です。従来品を扱っていた企業が生分解性バイオマスプラスチックに切り換えていくにはいろいろなハードルがあると思います。

それまではやはり、諦めて従来品を使うか、くまのように茶葉で淹れるようにするか、という極端な選択肢しか私たちには無いように思います。しかし、探せば生分解性バイオマスプラスチックのティーバッグを作っている製茶会社もあるはずです。恥ずかしいことに日本ではまだ普及しているとはいえませんが、日本発の安心できるティーバッグはヨーロッパ中心に好評を得ています。ですからヨーロッパの紅茶メーカーのものならば希望がもてるところがあるはずです。それを今後は探していくのも大切だと思います。恥ずかしい話ではありますけど。

もし、そうした製茶会社を見つけたら、国内、海外問わず、ぜひ教えてください。よろしくお願いします。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。

参考文献
1.『ポリ乳酸のヒトと自然環境に対する安全性』望月政嗣
2.『生体内分解吸収性高分子材料の臨床応用』Hyon, Suong-Hyu
3.『PLA(ポリ乳酸)ティーバッグフィルター ~「ソイロン」について~』
4.『環境にやさしい植物由来のティーバッグ』