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1.そもそもの始まり
2025年1月21日のヤフーニュースに『紅茶のティーバッグから大量のマイクロプラ。腸細胞から吸収される可能性も』 という一つの記事が載りました。同様のエビデンスで2025年2月22日のFigaro・jpにも『ティーバッグががんのリスクを高める? 細胞への影響を研究者が指摘。』という記事が載りました。その他にも3月21日にELLEが『ティーバッグに大量のマイクロプラスチック、研究で明らかに』という記事を取り上げました。これらの記事を読んだ方から「ティーバッグは安全なのか?」というお題を頂きました。それにお応えする形で今回から何回かに分けてこの問題を取り上げようと思います。すべて、参考資料の所にエビデンスは上げておきますので、気になるものがあれば読んでみてください。見なくても大丈夫なように話は進めていくつもりです。
さて、それらの記事によると、ティーバッグからはマイクロプラスチックやナノプラスチックが大量に放出される、という問題があると言うことが書かれています。
マイクロプラスチックとナノプラスチックとは?
まずこの問題を考えるに当たってマイクロプラスチックとナノプラスチックとはどういうものなのかを簡単にまとめたいと思います。
マイクロプラスチックとは一般的に粒子の大きさが 1µm(マイクロメートル)~5mmのプラスチック粒子とされます。1µmは、1mmの1000分の1の長さです。5㎜なら肉眼でも見える大きさですが、人間が肉眼で見る事ができる限界が200μmと言われていますから、1µmとなると電子顕微鏡を使わなければ見る事ができない大きさです。一言でマイクロプラスチックと言っても随分大きさに差があります。
ナノプラスチックは一般的に大きさが 1nm~ 1µmと言われています。ちなみに1nmは、1mmの1,000,000分の1の長さです。(参考資料1)

ティーバッグの実験
冒頭の記事はスペインのバルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona, UAB)の微生物学者ら研究グループによる、3種類の異なるティーバッグから放出されるプラスチックと、それがヒトの細胞に与える影響を研究したものをベースにしているようです。
それによると、市販のティーバッグが熱湯(95℃)で抽出されると、膨大な量のプラスチック粒子を放出することを発見したということです。具体的には各1滴(1ml)あたりで
・ポリプロピレン(PP)を含むティーバッグ:約12億個
・セルロースを含むティーバッグ:1億3500万個
・ナイロン6を含むティーバッグ:818万個
のプラスチック粒子を放出することが研究結果から判明したとしています。これを元にすれば、ティーカップ1杯200mlとすると、ポリプロピレン製のティーバッグの紅茶だと、ナノプラスチック12億個×200なので、合計2400億個のナノプラスチックを紅茶と一緒にたしなむことになります。
またアメリカ化学会の研究によると、合成繊維を使った市販のティーバッグのお茶4種類を調査しています。
あらかじめ茶葉を取り除いた袋を水の入った容器に浸して加熱し、実際に茶葉を抽出する状況を再現しました。その上で電子顕微鏡で確認したところ、抽出温度(95℃)においてティーバッグ1袋で約116億個のマイクロプラスチック、さらに約31億個のナノプラスチックがお湯の中に放出されたことがわかったとのことです。これは、他の食品で過去に報告されたマイクロプラスチックより数千倍も高いレベルになります。
そして、このことからどのような健康被害が考えられるか、ということがおそらくこれを読んでくださっている人も一番興味があるところではないでしょうか。そしてこの話の最後には「どのティーバッグなら安全か」という答えを出したいと思っています。
2.製茶会社の見解
詳しい話に入る前に、実際にティーバッグを作っている会社はどのように考えているのかちょっと実例を見てみましょう。
ある会社のこの問題に対してのQ&Aです。
Q.ティーバッグのお茶を毎日使っていますが、マイクロプラスチックが溶け出すことはありませんか?
A.食品衛生法に基づいた資材の溶出試験において、問題がないことを確認しています。
さらにこの会社のサイトでは「ティーバッグ用ナイロン」を使っていると答えていました。ナイロン製の場合、1滴あたり818万個のマイクロプラスティックやナノプラスティックが出ているはずです。

そして、さらに提示されている日本食品分析センターの分析試験成績書を見ると「カプロラクタム」が基準値を越えていないという意味で「適」となっています。これは「検出されたけど基準値を越えていない」という意味です。
ナイロンを主成分とする合成樹脂製の容器包装におけるカプロラクタムの溶出量は、食品衛生法の個別規格で15μg/ml以下と定められています。これ以下ならば「適」となるのです。つまり0ではないのです。(参考資料2)
これはマイクロプラスティックやナノプラスティックが「出ていない」ということではありません。逆に言えば「出ていません」といわず「食品衛生法に基づいた……」と言っているのですから「出ている」と判断するのが正常な判断力だといえます。
そして問題になっているのは今まで無視できるとされていた量のマイクロ(ナノ)プラスチックなのですから、食品衛生法の規定はこれを考えるに当たっては無意味ということになります。
伊藤園の取り組み
それに対して伊藤園は2020年3月10日付けのニュースリリースで『「お~いお茶 緑茶」ティーバッグに植物由来の生分解性フィルターを採用 4月13日(月)販売開始』で「日本初となる植物由来の生分解性フィルターを採用」と発表しています。そして「生分解性フィルターがポリ乳酸であることを明記」しています。ポリ乳酸については後で詳しく扱いますが、医療現場で手術の際使用する、身体の中に残して使う、いわゆる「溶ける糸」の成分で人体への安全性がしっかりと確認されているものです。
このように同じ製茶会社でも会社によってこの問題に対する取り組みや認識の深刻さが大いに違うのが現状です。
3.ティーバッグの素材
一般的なティーバッグの素材
代表的なものは
・ナイロンメッシュ
・ポリプロピレン
・セルロース
・不織布
があげられます。このうち、最初の3つはすでにマイクロプラスチックやナノプラスチックが出ることがわかっています。では不織布はどうでしょうか。
不織布
不織布は、プラスチックではなく繊維と見なされるそうです。ただし、不織布の原料にはプラスチックの一種であるポリエステルやポリプロピレンなどが使用されているため、不織布マスクなどはプラスチックごみとして分別されます。変な基準ですね。このおかしな基準は原料による、という部分があるからなのです。
不織布の原料
不織布の原料は、天然繊維と化学繊維の2つに大きく分類されます。
天然繊維の不織布は、羊毛からできたフェルトや綿のガーゼなどが該当します。
しかし、一般的に不織布として市場に流通しているものの多くは化学繊維が原料のものです。
化学繊維も、天然素材由来の再生繊維や、合成繊維などに分類されますが、不織布で最も広く利用されているのはポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロンが原料の合成繊維です。どれもマイクロプラスチックやナノプラスチックを放出します。
ポリエステル(PET)は、ペットボトルと同じ素材で、強度や耐熱性に優れています。
ポリプロピレン(PP)は、化学繊維の中で最も比重が軽く、水にも浮くほどです。
ポリエチレン(PE)は、レジ袋の原料としても一般的ですが、不織布にも利用されています。
不織布についてより詳しく知りたい方は(参考資料3)を御覧ください。
不織布の廃棄
化学繊維による不織布は自然分解が難しいため、適切に廃棄されない場合はマイクロプラスチックやナノプラスチックとして海洋汚染の原因になる可能性があります。また、土に埋めても迅速に分解されず、土壌汚染や水中生物への影響も懸念されています。例えば不織布のマスクが自然分解するには約450年かかるそうです。(参考資料4)
以上から結局はプラスチックだと理解するのが普通でしょう。また廃棄問題から浮かんでくることはマイクロプラスチックやナノプラスチックが不織布からも出る可能性が指摘できます。
参考資料
1.『マイクロプラスチックより小さい “ナノプラスチック”とは』国立環境研究所
2.『Plastic teabags release microscopic particles into tea』 Science Daily (September 25, 2019)
3.『ナイロン製器具・容器包装におけるカプロラクタム試験の性能評価』
研究代表者 六鹿 元雄 国立医薬品食品衛生研究所
研究協力者 渡辺 一成 (一財)化学研究評価機構
厚生労働科学研究成果データベース
4.廣瀬製紙株式会社 技術コラム
5.東京大学生物物理工学杉原研究所『マスクはプラスチック、知ってましたか ⾃然分解には「450年」』