シンポー族(Singpho) – 紅茶の起源に関わる先住民族の記録

シンポー族(Singpho族):アッサム茶と共にある先住の知

第1章:シンポー族とは何か

シンポー族(Singpho)は、インド北東部のアッサム州、アルナーチャル・プラデーシュ州からミャンマー北部、中国雲南省にかけて分布する、チベット・ビルマ語系の少数民族です。中国ではジンポー族(Jingpo/景頗族)とも呼ばれ、ミャンマーではカチン(Kachin)とも分類されます。

茶の原種であるアッサム種(Camellia sinensis var. assamica)を古くから使用していた民族のひとつであり、竹筒に茶葉を詰めて発酵保存するなど独自の技法を伝承してきました。

第2章:分布と民族的背景

シンポー族(Singpho)は、インドのアッサム州・アルナーチャル・プラデーシュ州から、ミャンマー北部カチン州、中国雲南省の辺境にまでまたがる民族です。チベット・ビルマ語派に属し、地理的にも文化的にも広範な分布を持つ先住民族といえます。

シンポー族(カチン系民族)の地理的分布図(インド・ミャンマー国境周辺)
▲ シンポー族(カチン系民族)の分布域。アッサム、アルナーチャル、カチン州を中心に、ミャンマー・中国にまたがる。

民族的にはカチン族の一部に分類されることがあり、とくにミャンマー側では「チンポー(Chinpo)」や「ジンポー(Jingpo)」とも記録されることがあります。自称としての「Singpho」は、特にアッサム州では現在もアイデンティティの核として残されています。


民族名の揺れに関する補足メモ

同一民族でありながら、地域・言語・記録媒体の違いによって以下のような呼称の揺れが見られます:

  • Singpho(シンポー):主にアッサム州・英語表記
  • Chinpo / Chingpaw / Jingpo(チンポー / ジンポー):ミャンマー・中国語圏での音写表記
  • カチン族(Kachin):ミャンマー連邦における民族分類上の集合名

これらは発音上の類似性を持ちつつも、外部からの表記・支配的言語によって変容したものであり、民族自称としての「Singpho」はとくに重要です。記録や紹介の際には尊称としての配慮が望まれます。

第3章:文化と茶の使用

シンポー族はアッサム種に近い在来茶樹を古くから使用しており、採取した茶葉を蒸し、揉み、竹筒や木箱に詰めて発酵・保存する技法を持っていました。

こうした茶は、単なる嗜好品ではなく、保存食、薬草、祭礼の供物としても重視され、民族アイデンティティと深く結びついていました。

第4章:植民地紅茶の拡大とシンポー族の位置づけ

1823年、ロバート・ブルースはシンポー族の首長ビサガムから茶葉を譲り受け、カルカッタ植物園に送付しました。これはアッサム種の発見として記録され、後の茶業化の道を開きました。

弟チャールズ・アレクサンダー・ブルースはこの報告を引き継ぎ、アッサム種を用いた商業的な紅茶栽培を確立しました。

しかし、シンポー族自身が茶業の恩恵を受けることはほとんどなく、紅茶産業はイギリス資本と地主階層の手に渡っていきました。

第5章:現代におけるシンポー族と茶文化の復興

21世紀に入り、在来茶樹の再評価が進み、シンポー族の茶文化も再び注目されるようになりました。竹筒茶の再現、発酵技法の再教育、伝統知の観光資源化などが進められています。

また、地元大学やNGOが主導して、シンポー語による文化教育や口承記録のアーカイブ化が行われています。

こうした動きは、グローバルな関心にもつながり、「先住の知」の価値が世界的に共有され始めています。

Kachin women in traditional dress from the Jingpo/Singpho cultural group
▲ カチン(ジンポー/シンポー)系の民族衣装をまとった女性たち(撮影:Yoav David/Wikimedia Commons)

第6章:参考文献と外部リンク集

  • Bowers, A. (1995). Tea in Assam: A Brief History.
  • Barua, B. (2013). The Singpho and the Tea: Colonial Encounters in Assam. Journal of South Asian Studies.
  • Dunlop, R. (2020). Wild Teas and the People of the Forest. Cambridge University Press.
  • Encyclopedia Britannica (online) – “Singpho People”

🌐 外部リンク: