アッサム・カンパニー
概要
1839年に設立された アッサム・カンパニー(Assam Company)は、単なる民間企業ではなく、イギリス政府と East India Company の支援を受けて始まった半官半民の会社でした。政府が試験的に運営していた茶園や施設のうち、約3分の2がアッサム・カンパニーに譲渡され、同社はそれを基盤としてアッサムでの本格的な商業栽培を進めていきました。
そのためアッサム・カンパニーは、「最初の紅茶会社」であるだけでなく、イギリス政府が中国茶依存から脱却するために作り上げた国家的プロジェクトの中心企業でもありました。1839年に私的資本で設立されましたが、その出発点には政府の後押しが強く存在していました。
その後、同社は長くロンドン資本の企業として運営されましたが、1977年に Assam Company India Limited が設立され、1978年にはインド法人へと再編されました。
現在はロンドン系企業グループである Inchcape Group の流れを汲む企業群の一部として運営されており、Assam Company India の名でアッサム地方の茶園経営を続けています。過去には17茶園体制であった時期があり、現在は14茶園を保有しています。
成立の流れ
1823年、スコットランド人の ロバート・ブルース(Robert Bruce)が、シンポー族の人々が利用していた野生茶樹を知ったことが大きな出発点でした。その後、弟の チャールズ・アレキサンダー・ブルース(Charles Alexander Bruce) が調査を進め、アッサムの茶樹が中国茶と同じ茶樹であることが確認されます。1838年には、最初のアッサム茶12箱がロンドンへ送られ、翌1839年にロンドンとカルカッタの資本をもとに Assam Company が設立されました。
重要性
Assam Company の重要性は、単に古い会社だからではありません。
それまでイギリスは中国茶に大きく依存していました。しかし、中国から茶を輸入するだけでは価格も安定せず、政治的にも不安がありました。そこでイギリスは、自国支配下にあるインドで茶を育てることを目指し、その中心となったのがアッサムでした。
つまり Assam Company は、
- 中国依存から脱却するための会社
- アッサム紅茶産業の起点
- インド紅茶の商業化を進めた会社
- 世界の紅茶市場を中国中心からインド中心へ変えていった会社
として非常に大きな意味を持っています。1888年には、イギリスが輸入する紅茶量でインド茶が中国茶を上回るようになりました。