発酵(fermentation)

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概要

発酵(fermentation)は、お茶の製造工程において伝統的に使われてきた用語であり、茶の種類を分類する際にも広く用いられています。
たとえば緑茶は「発酵させない茶(非発酵茶)」、ウーロン茶は「半発酵茶」、紅茶は「完全発酵茶」と呼ばれます。

しかし──

科学的に見ると、この「発酵」は、私たちが一般に想像する「発酵」とは異なります。
日常語としての発酵とは、微生物(酵母や菌類など)による有機物の分解変化を意味しています(例:納豆、味噌、ワインなど)。

しかし紅茶製造における「発酵」工程では、微生物は関与していません。

実際に起こっているのは、茶葉内の酵素(ポリフェノールオキシダーゼ)によるポリフェノールの酸化反応です。これは酵素的酸化(enzymatic oxidation)と呼ばれ、厳密には「酸化」で、「発酵」ではないのです。

発酵と酸化の歴史的背景

発酵が「微生物の作用」として明確に定義されたのは、Louis Pasteur(ルイ・パスツール)が1857年に乳酸発酵の生物的性質を証明して以降です。
一方で、英国がインドのアッサムで紅茶の製造に着手したのはそれ以前、1830年代のこと。
つまり──

紅茶の「発酵」という言葉は、“発酵=微生物”という定義が確立される以前から、慣用的に用いられていた茶業用語でした。

このため、化学的には酸化反応であるとわかってからも、紅茶業界では伝統的に「発酵」という言葉が定着し続けているのです。

国際的な動向と制度的な表記

  • 国際的には、現在“oxidation(酸化)”という用語への移行が進んでいます。
  • 日本でも、科学的には「酵素的酸化」「酸化重合」などが正しい表現になります。
  • しかし、農林水産省のJAS規格や関税法(実行関税率表)では、依然として「発酵」という表記が用いられています。

したがって、日本語では「発酵」が制度的に正しい用語で、国際的文脈では「oxidation」として区別される必要があるのです。

「酸化発酵」という表現について

近年、「酸化発酵」という言葉が使われることがあるが、これは科学的にも用語論的にも適切ではない。

  • 「酸化」か「発酵」か、どちらかを選ぶべきであり、両者は本質的に異なる現象です。
  • 「酸化発酵」は、科学的な正確さと文化的な慣用の“間”を取ったつもりで、かえって混乱を招く用語です。
  • 本辞典では、この言葉の使用を避けて、必要に応じて「制度用語としての発酵」「現象としての酸化」を明示することにしています。

本辞典での整理

本辞典での整理
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