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6.ナノプラスチックはなぜできる?
マイクロプラスチックやナノプラスチックができる原理
プラスチック製品が劣化して壊れ始めてマイクロプラスチックができます。そしてさらにそれが劣化してバラバラになってナノプラスチックができるのです。

プラスチックの劣化というと、熱などでドロドロと溶けていくイメージを持つ人が多いのですが、プラスチックの融点(ドロドロに溶け始める温度)より高い温度でなければドロドロに溶けるという現象は起きません。
ガラス転移点
ナノプラスチックを考える場合に大切なのは
「ガラス転移点」
という言葉です。ガラス転移点というのは、プラスチックが少しずつ壊れて小さいプラスチックの粒ができる温度のことです。簡単に言えば「マイクロプラスチックやナノプラスチックができはじめる温度」のことです。

そこで、ティーバッグの材料となる物質のガラス転換点を見ていきましょう。
・ポリプロピレン:0℃
・セルロース繊維:25℃
・ポリエステル:69℃
・ポリエチレン:-125℃
・ナイロン6:50℃
どれも融点よりずっと低い温度ですし、紅茶の抽出に適した温度の98℃よりはるかに低いことがわかります。
つまり、ティーバッグを作っているプラスチックが目に見えない大きさのレベルで壊れて、マイクロプラスチックやナノプラスチックができる温度(ガラス転移点)はとても低いのです。
7.バイオプラスチック
バイオプラスチック
ティーバッグの材料を今まで材料として使っていたプラスチックをやめて、材料をバイオプラスチックにしたら解決できるのか?を考えてみます。
バイオプラスチックには大きく分けて2つあります。1つはバイオマスプラスチック、もう1つが生分解性プラスチックです。日本バイオプラスチック協会の定義から簡単にまとめると以下のようになります。
バイオマスプラスチック
「植物などから作ったプラスチックで自然環境で分解して水と二酸化炭素などになるものと、分解しないものがある。」
と、なっています。主な用途は、レジ袋、ごみ収集袋、非食品容器包装、衣料繊維、電気・情報機器、OA機器、自動車等となっていて、どうも食品に向いているタイプのものではなさそうです。
それでは、もう1つの生分解性プラスチックについてです。
生分解性プラスチック
「自然界に存在する微生物の働きで、最終的に水と二酸化炭素に分解されて自然にもどるプラスチック。材料は植物や石油。」
と、なっています。主な用途は、農業・土木資材、生ごみ用ゴミ袋 、食品容器包装・カトラリー・ストロー等とあります。こちらは食品を対象にしてもよさそうです。
そして下の図のように両方の良いところを取ったものが生分解性バイオマスプラスチックです。

8.生分解性バイオマスプラスチック
バイオプラスチックの中でも注目すべきなのは
・生分解性(自然環境で分解する)であること
・植物などの生物由来のプラスチック
の両方を兼ね備えたもの、となります。そうすると上図の真ん中、下図の右上に当たる「生分解性バイオマスプラスチック」ということになります。

実はこの中に分類されるPLA、PLGA、PHBHはすでに1970年から医療用に使われていて人体への安全性が確保されているプラスチックなのです。
生分解性バイオマスプラスチックにも、もちろんガラス転移点はあります。
・PLA :55℃
・PLGA:45~55℃
・PDO :-
です。98℃のお湯に入れたら、当然ナノプラスチックが出てしまいます。でも出てくるナノプラスチックが「害のないもの」ならば問題ありません。1つ1つ見ていきましょう。
ポリ乳酸 (Poly Lactic Acid / PLA)
PLA はコーンスターチとサトウキビ、ジャガイモ等から作られます。身体に吸収されやすく、体内で簡単に分解します。手術で使う「溶ける糸」の材料がこれです。体内に吸収されても、水と二酸化炭素に分解されるので、PLAのナノプラスチックが出ても安心です。

ポリ乳酸-グリコール酸共酸(Poly Lactic-co-Glycolic Acid / PLGA)
PLGAも身体に吸収されやすく、体内で乳酸とグリコール酸に戻ります。乳酸もグリコール酸も普通に体内にあるものですし、最終的には水と二酸化炭素に分解されます。体内に蓄積する心配がないので、人体に安全な材料です。
医薬品の基剤(薬の有効成分を溶かす土台となる成分で、身体の中に薬を運ぶ役割をします)にも使われますから、もしかするとみなさんも知らないで飲んだことがあるかもしれません。内服薬に使うぐらいですからPLGAのナノプラスチックを身体に取り込んでも安全で心配が要りません。極めて安全性が確保されているプラスチックです。

ポリジオキサノン (Polydioxanone / PDO)
PODも医療用に使われて安全性がしっかりと確認されているプラスチックなのですが、大変水に溶けやすい性質を持っているのでティーバッグには残念ながら不向きです。
以上から
「PLA、PLGAでティーバッグを作ればティーバッグのマイクロプラスチックやナノプラスチックの問題は解決する」
ことになります。
加えて言えば、PLAとPLGAではPLAの方がずっと安くできるので「PLAでティーバッグを作るのが一番現実的」な問題解決策だといえます。
9.生分解性バイオマスプラスチックがあまり普及していない理由
やっと解決策がわかりましたが、なぜこうした生分解性プラスチックのティーバッグがポピュラーなものにならないのでしょうか。
それには、いくつかの問題があるからなのです。
1.コスト
これは一番わかりやすい理由だと思います。生分解性バイオマスプラスチックは以前と比べれば安くはなりました。しかし安くなったとはいえ依然高いのは事実です。
具体的にいえば、生分解性バイオマスプラスチックの価格は普通のプラスチックの5~10倍以上になります。どんなに努力しても2倍以上のコストになってしまいます。
ティーバッグがその分高くなっても消費者は今までどおり買ってくれるのか、という問題があるのです。
2.規制や法律の整備不足
生分解性バイオマスプラスチックの普及促進には適切な規制や法律の整備が必要になってきます。
こうした問題、特にコストの問題や今まで石油製品のプラスチックを扱っていた会社の設備を変える必要性などが「生分解性バイオマスプラスチックのティーバッグ」の普及の障害になっているのです。
(他にも消費者の意識不足や処理施設の問題などがありますが、ティーバッグに限った話としてはあまり関係がないので割愛します)
10.実際はどうなのか
解決策がわかっても、実現されていなければ意味がありません。そこで現実に今どのような動きがあるか具体例で見てみましょう。
伊藤園の取り組み
伊藤園では生分解性バイオマスプラスチックの導入を2020年の段階から取り組んでいます。例えば「お~いお茶 緑茶」ティーバッグはPLA製です。
これに関しては『「お~いお茶 緑茶」ティーバッグに植物由来の生分解性フィルターを採用 4月13日(月)販売開始』のニュースリリースからも確認できます。
山中産業株式会社「ソイロン」
京都市に本社を置く山中産業株式会社は1999年にPLA(ポリ乳酸)を原料としたメッシュ(織物)フィルター「ソイロン」を開発し、ティーバッグフィルター「ソイロン」として展開しています。
しかし、石油で作った従来品と比べて価格が高く、販売はなかなか軌道に乗らなかったそうです。しかし、環境に対する意識が高い海外での需要が高くなりヨーロッパを中心に販売が伸びているそうです。
日本で世界に先駆けてこのような素晴らしいものができているのに、ヨーロッパが中心で、お茶の生産国でもある日本では今一つというのは、私たち消費者が本当に自分たちの利益になることから眼を背けてしまっているといわれても反論できません。本当に恥ずかしいことです。
これらの他にもいくつかの会社からPLA(ポリ乳酸)繊維を用いたティーバッグが作られています。
11.まとめ
このように全3回で見てきましたが、結論として、
「ティーバッグからマイクロプラスチックやナノプラスチックが出ないようにするのは不可能」
ということがわかりました。しかし
「生分解性バイオマスプラスチック繊維でティーバッグを作れば良い」
という事もわかりました。そして、実際に製造している企業がいくつも日本にあることもわかりました。しかし、普及していないのも事実です。でも、伊藤園の動きなどを見ていくと、だんだんと安全な方向に業界全体が向かっていくのではないかと思います。
それまではやはり、諦めて従来品を使うか、くまのように茶葉で淹れるようにするか、という極端な選択肢しか私たちにはありません。しかし、探せば生分解性バイオマスプラスチックのティーバッグを作っている製茶会社もあるはずです。それを今後は探していくのも大切だと思います。もし、そうした製茶会社を見つけたら、国内、海外問わず、ぜひ教えてください。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。