Darjeeling tea(ダージリンティー)の夏摘みである2nd flushには「Muscatel flavor (マスカテルフレーバー)」という特有のフレーバーがあります。このMuscatel flavorという名前には、マスカットに似た香りだからという「マスカット説」と「musk (ムスク)」の香りに似ているからだという「musk説」があります。今回は一体どっちなの?という話です。尚、特に化学的な部分が気になる方は紅茶の発展的研究の『Muscatel flavor』を御覧ください。
contents
1.化学的考察
🍇Muscatel flavorとぶどうのマスカット🍇
Muscatel flavor (マスカテルフレーバー)とマスカットの香りの成分(これを香気成分といいます)を調べてみると、Darjeeling tea (ダージリンティー) のMuscatel flavorとぶどうのマスカットの香気成分には、いくつか共通する成分があるとされています。
具体的には
・リナロール(linalool):フローラルで甘い香りが特徴です。また、マスカットにも、特にその果皮に含まれており、フルーティーで花のような香りを強調します。
・ゲラニオール(geraniol):これも甘くて花の香りがする物質です。マスカットにも含まれており、果物に特有のフローラルな香りを加える役割を果たします。
・エステル類:果物の香りに関与する物質で、マスカットやDargeeling teaの香りを形成する重要な成分です。フルーティーで甘い香りを強調し、Darjeeling teaにもマスカットにもどちらにも存在します。
・テルペン類:Dargeeling teaのMuscatel flavorに最も影響を与えるのがこの物質で、柑橘系の香りに似た清涼感を持っています。マスカットにも、この種のテルペンが含まれており、果物の清涼感を強調します。これらテルペン類の中で特にテルネピンという物質がMuscatel flavorの主な成分となります。
🦌Muscatel flavorとムスク🦌
Muscatel flavorとムスクの香気成分にはいくつかの共通点があります。それは
・ゲラニオール
・リナロール
・エチルアセテート
です。これらはマスカットと同じ成分です。しかし、ムスクには一番重要なテルピネンがありません。このように分析していくと「ムスク説」はかなり根拠を失っていきます。
🍇化学的考察では「マスカット説」が有力になりました。🍇
2.言語的考察
化学的な考察からはmuscatel flavorのネーミングは「マスカット説」が濃厚になってきました。では言語的にはどうでしょうか。
🍇マスカット説🍇
まず、muscatelを辞書で調べてみました。
・muscatel:muscat から造る甘口のデザートワイン
(研究社 新英和中辞典)
ついでにWebでこの単語を色々と検索すると色々と興味深い例文が出てきます。以下、列挙してみます。
・I ordered a bottle of muscatel.
マスカテルを1瓶注文した。
・Muscatel is a type of sweet wine with a distinct musky flavor.
ムスカテルは独特の麝香味がある甘いワインの一種です。
・Muscatel is often paired with fruit or cheese as a dessert drink.
ムスカテルはデザートドリンクとしてフルーツやチーズに合わせられることが多いです。
・Muscatel is a sweet wine made from Muscat grapes, often enjoyed as a dessert wine or an aperitif.
マスカテルはマスカットのブドウから作られる甘口のワインで、デザートワインや食前酒として楽しまれることが多いです。
(天才英単語)
こうしてみると「マスカット説」がさらに有力になってきました。
🦌ムスク説🦌
次に「musk説」を考えていきましょう。
muskを辞書で調べると、
・musk:麝香、ジャコウ鹿(シベリア・チベットの小型の鹿)の雄の腹部の麝香腺分泌物から採れる黒褐色の香料。
1.an odorous glandular secretion from the male musk deer; used as a perfume fixative.
雄のジャコウジカからの香りのよい腺分泌物。香水定着剤として使われる。2.the scent of a greasy glandular secretion from the male musk deer.
雄の麝香鹿の脂っこい腺分泌物の香り。
(英辞郎、英ナビ)

意味的にはDargeeling teaの甘い香りを表す単語としてはよさそうな気がします。
しかし、英語のスペルに着目するともし、muskが語源なら「マスカテル」は「muskatel」となるはずですが、辞書にはこの単語は出てきませんし、検索してもオーストリアのワインが出てくるくらいです。
それに「マスカテルフレーバー」について書いてある英語の本を見ると例外なく「muscatel」となっていて、「ク」の音は「k」ではなく「C」になっています。この観点から見ても、やはり「マスカテル」は「マスカット説」の方が有力で、「ムスク説」は違うのではないかと判断できます。
🍇言語的にも「マスカット説」が有力になりました。🍇
3.マスカット説は正しいか?🍇
再びmuscatel
muscatelという単語を検索していて、気になったことがあります。それは以下のような説明や例文がいくつも出てきたことです。列挙してみます。
・muscatel:muscatelという単語は、スペイン語起源のmuscatの変形で、強い甘みや果実味を持つデザートワインを指します。(天才英単語)
・muscatelという単語は「マスカテルワイン」という意味です。この単語は特に甘味がある白ワインや、特定の種類のブドウに関連して使われます。マスカテルワインは、主に地中海沿岸の国々で栽培されているマスカットの一種から作られます。マスカテルワインは、独特な甘さと豊かな香りが特徴で、デザートワインとして人気があります。
・この単語はまた、マスカテルスタイルのワインを指すこともあります。マスカテルワインは、通常のワインよりも甘味が強く、果実の風味がしっかりと感じられます。このようなワインは、多くの場合アペリティフ(食前酒)やデザートと一緒に楽しむことが好まれています。そのため、ワイン愛好家やソムリエの間でもよく知られている用語です。
・muscatelは、特定の製品や料理に関連して使われることもあります。例えば、マスカテル風味のリキュールやデザートなど、様々な食文化においてその甘味が活用されています。このように、muscatelという言葉は、食や飲み物に関連する文脈で用いられることが多く、そのさまざまな使い方によって幅広い理解を得ることができます。
(天才英単語)
🍷このワイン、怪しいと思いませんか?
実はくまは、今は身体のためにほぼ禁酒していますが、一時期はとある日本有数のショットバー激戦区でオーナーバーテンダーとして毎日シェイカーを振っていたくまでもあります。そして、カクテルも好きですが、最も当時愛していたのが「シェリー酒」なのです。
🍷シェリー酒🍷
シェリー酒はもともとはスペインのアンダルシア地方で造られる酒精強化ワインで、白ワインの一種です。白ワインにブランデーを加えてアルコール度数をあげて、更に熟成させたものです。アルコール度数が高く、熟成方法や種類によって様々な味わいがあります。独特の風味と多様なタイプがあることから、ワイン以外のお酒に間違えられることもあります。そして、このシェリー酒には白だけでなく、赤(と、いうか濃いマホガニー色に近い)も存在するのです。
白のシェリー酒はわりとさっぱりしていて、アルコールの度数が高いフルーティーな白ワインといった風情で非常に飲みやすいお酒です。対して、赤は重いものが多いのですが、この中になんと「Moscatel (モスカテル)」という名前のものがあります。
🍷Moscatel🍷
Moscatelはモスカテル種(つまりマスカット種)のブドウを伝統的な「Asoleo(スペイン語:アソレオ / 天日干し)」して干しぶどうにすると、高い糖度が生まれ、レーズンの典型的な香りが作られます。この干しぶどうで作ったワインが「Moscatel de Pasas (モスカテル・デ・パサス / 干したモスカテル)」と表示されます。元々の糖度が高いため、そのままでアルコール度数が高いものができるので、ブランデーを足したりはしません。
そして、くまがもう一つ気になったのが、海外サイトでのDargeeling teaのMuscatel flavorについてのレビューでした。それにはこうありました。
・ “dried raisins with a hay like finish”
(「干しぶどうの風味に、乾いた草の匂いのような後味」くま訳)
(Teaepicre.comのダージリンティー2nd flushのレビュー)
という表現でした。これはシェリー酒のMoscatelの風味の表現とかなり似通ったものなのです。Moscatelは、甘さとフローラルな香りが特徴で、Dargeeling teaのMuscatel flavorもその特徴に似ていることから、茶葉のフレーバーがMoscatelのような香りを持つことを表すために、この名前がつけられた可能性が高いのではないかと考えたのです。

4.Moscatel説🍷
さらにくまは、Muscatel flavorは香りではなく風味をさしているのではないかと考えたのです。だとしたら香りにくわえてボディがしっかりしていることも表現していても不思議はありません。そう考えるとMuscatel flavorというのはMoscatelにみられる香りとボディの強さをさしているのではないかと考えたのです。
実を言うと、随分前の話になりますが、くまがバーテンダーの修行をしていた時、師匠だった老バーテンダーに
「Moscatelは紅茶のDargeelingの風味の表現の元になっているんだよ」
というような話を聞いたことがあったのです。ただ、その当時は紅茶にまったく興味がなかったし「Muscatel flavor」という言葉すら知らなかったので、そのまま聞き流してそれ以上深くは聞きませんでした。しかし、それが正しいとするならば「モスカテルフレーバーのフレーバー」は「香り」ではなく、「風味」をさしている事になります。
そもそも「flavor」と表現している時点で「香りだけではない」のです。そうなると、「マスカテル」という名前は、マスカットの香りに加え、モスカテルワインの特徴的なフレーバーに由来しているという説も、十分に成立するのではないかと思います。
Moscatelは、豊かなボディとしっかりとした風味が特徴のシェリー酒です。これと同様に、Dargeeling teaの2nd flushも、香りだけでなく、しっかりとしたフルボディ感を伴う風味が特徴的です。この点で両者は似ている、といえます。
Moscatelには、ゲラニオール、リナロール、エチルアセテート、テルピネンそしてタンニンがあります。このタンニンがDargeeling teaの2nd flushの風味に似ているとも言えます。だからDarjeeling teaの風味を「Muscatel flavor」と呼ぶことはある意味自然だと考えます。
酒とDarjeeling
そもそも「紅茶のシャンパン」という言い方もDarjeeling teaの風味をお酒に例えて表現するのが最適だということを表しているのではないでしょうか?
そして『4.Moscatel説』で述べたように「Muscatelと呼ばれる酒」が存在するし、英語社会ではしっかりと市民権を得ている単語なのです。英語のWikipediaの「Muscatel」がこれを証明しています。そしてマスカテルという酒の名前は「Muscatel」がメジャーで「Moscatelというつづりもある」という解説をしています。
結論
以上の考察から、Muscatel flavorは単に香りだけでなく、Moscatelのような風味全体 (香り、ボディ感、そしてその豊かさを含んだもの) と捉えることができると言えます。なのでくまは
Muscatel flavorの
「Moscatel(Muscatel)由来説」
をここで主張します。
※ただし、この説に欠点がないわけではありません。インドのDarjeeling teaを扱っている人たち(かつてのイギリス人含む)がもともとはスペインのシェリー酒であるMuscatelを飲んでいたという証拠も保証もない点です。でも、くまはどうしてもこの結論にたどり着いてしまうのです。