Contents- 1.チャイからジャムウへ
- 2. ジャムウの特徴と日常性
- 3. 翻訳されたアーユルヴェーダ
- 4. 国風文化としてのジャムウ
- 5. ジャムウと大使館文化
- 6. 再発見の意義と、日本との共鳴
- 7. 翻訳する知性、日本という風土
- おわりに
1.チャイからジャムウへ
前回の記事では、インドのチャイ文化を「身体で読む温性の知恵」として紹介しました。今回注目するのは、もうひとつの身体文化の翻訳知、「インドネシアのジャムウ(Jamu)」です。
紅茶には「温性(おんせい)」、つまり体を内側から温める性質があるとされます。これは西洋の栄養学というより、漢方やアーユルヴェーダなど、身体の内的なバランスを重視する伝統医学の文脈から語られるものです。
前回の記事では、インドという暑い国で「より体を温める飲み方」としてチャイ文化が育まれた背景を読み解きました。そこには、寒さとは無縁の気候であっても、内臓や代謝、季節による冷え(特にモンスーン期)への対処が必要だったという、地に根ざした身体感覚がありました。
では、さらに南へ向かってみましょう。
東南アジア最大の島国、インドネシア。
ここにもまた、「体を整える温かい飲み物」が日常に根を張っています。
その名は「ジャムウ(Jamu)」。
香辛料、果物、薬草、そして蜂蜜やタマリンドをブレンドしたこの伝統飲料は、数百年の歴史を持ちながら、いまも屋台で手軽に買える「生きた文化」です。しかも面白いことに、ジャムウもまた 「体を温める」ことに特化した処方が多く存在します。暑い国で、なぜ「温める飲み物」が必要とされるのか?その問いが、ふたたび私たちを「身体で読む文化」の世界へといざないます。
🔸 ジャムウとは?
ジャムウとは、インドネシアで古くから親しまれている伝統的なハーブ飲料・薬草療法の総称です。アーユルヴェーダ由来の要素を土着の智慧と融合し、独自進化を遂げた国風医学文化といえます。
2. ジャムウの特徴と日常性
🌿ジャムウの独自性
「ジャムウ(Jamu)」という言葉は、インドネシア語で「薬草治療」や「自然療法」を意味し、植物や香辛料を組み合わせて体を整える伝統的な知恵を指します。この文化の源流には、インドのアーユルヴェーダがあります。紀元前から続くアーユルヴェーダは、体質(ドーシャ)に応じた食事・薬草・施術を重視する体系であり、香辛料やオイル、温性の飲み物が中心です。
インドネシアでは、ヒンドゥー文化が伝来した紀元7世紀頃からこの知識が流入し、島々の風土や民族固有の薬草知識と融合していきました。つまり、ジャムウは単なる模倣ではなく、翻訳された知性による独自進化の産物なのです。
- ターメリック(ウコン)
- シナモン
- クローブ
- タマリンド
- ジンジャー
- クニール・アサム(酸味のあるショウガの一種)
- バンウス(バジルの一種)
こうした材料は、地域やレシピによって異なり、体調や用途に応じて配合が変わります。風邪予防・生理不順・胃の冷え・疲労回復など、用途ごとの「処方」があり、まさに庶民の日常に根づいた「身体のことば」として存在しています。
🍹 「1日3〜5回、屋台で飲む」文化
インドネシアの都市や地方の市場、そして路地裏には、色とりどりの小さな屋台が点在しています。そのなかに、「ジャムウ屋台(Warung Jamu)」と呼ばれる存在があります。木製の棚には瓶詰めの薬草抽出液や粉末、干し草のような素材がずらりと並び、テーブルの上にはその場で飲むためのカップや急須が置かれています。
ここはただの「飲料販売所」ではありません。ジャムウ屋台とは、「身体と対話する場」そのものなのです。
☕ その場で調合、対話から始まる処方
「今日は胃が重くて……」
「昨日、雨に濡れたせいか寒気がする」
「生理前でむくんでいてね」
屋台の店主(多くは女性)がこうした話を聞きながら、複数のジャムウ材料をブレンドしていきます。まるで漢方薬局のようですが、もっとずっと気軽で開かれた空間。1杯数十円程度で飲めるため、学生も労働者も主婦も、気軽に身体と向き合うことができます。
インドネシアでは、朝・昼・晩と日に3回以上ジャムウを飲む人も珍しくありません。毎日のコーヒーや紅茶のように、体の状態を見つめて、選んで、飲む。そうした文化が、都市にも地方にも等しく根づいているのです。
👤 男性にも、若者にも
古い時代には「ジャムウ=女性のもの」という印象が強かった時代もあったそうですが、近年では男性向けジャムウ(強壮・胃腸・疲労対策)や、スポーツをする若者向けの疲労回復系ジャムウなども増え、性別や年齢を問わない文化として進化しています。
屋台に腰を下ろすサラリーマン、昼休みに一杯だけ立ち寄る若者、ベビーカーを押しながら訪れる母親など。そうした光景が、ごく自然に存在するのが、インドネシアのジャムウ文化の懐の深さなのです。
そして驚くべきことに、体調に合わせて1日3回から5回、街中の屋台でジャムウを飲む人も珍しくありません。仕事前の一杯、昼食時の一杯、疲れた夕方の一杯……まさに「食」と「薬」のあいだにあるものとして、ジャムウはインドネシアの人々の暮らしに静かに寄り添っているのです。
3. 翻訳されたアーユルヴェーダ
🌏 起源と独自進化
ジャムウはアーユルヴェーダの系譜に連なるものの、インドネシアで長年にわたって土着の植物や風土に合うよう調整されてきました。具体的には、
- 熱帯気候に適した涼性/温性の調整
- 地元の素材(タマリンド、テンペ、ショウガ類)の応用
- 味覚や喉ごしなど、身体感覚への最適化
つまりこれは翻訳されたアーユルヴェーダであり、「翻訳知による文化の再定着」の好例といえます。
4. 国風文化としてのジャムウ
🏮 「屋台文化」がもたらす定着
ジャムウはインドネシアの日常に深く根づいており、特別な存在というよりは「ごく当たり前の習慣」として、多くの人々の体と心を支えています。特に都市部では、ジャムウを提供する屋台(Jamu Gendong や Jamu Kaki Lima)が街角に立ち、1日3回〜5回通う常連客もいるほどです。
面白いことに、こうした屋台には女性客が多いというイメージがある一方で、実際には男性の利用者も少なくありません。むしろ「ちょっと疲れたから1杯」「胃が重いから軽めのやつを」といった気軽な感覚で、性別や年齢、社会的立場を問わず、幅広い人々が訪れる場となっているのです。
このような「体調に応じて屋台でその場で調合してもらう」というスタイルは、まるで現代のストリート・アーユルヴェーダとも言えるほど。漢方薬局やサプリメントとは異なる、もっと柔らかく、身近で、融通の効く存在として受け入れられている点が、非常にユニークです。
ジャムウは王室や寺院の秘薬ではありません。庶民の手の届く場所にある、毎日の飲み物として発展してきました。
- 男性も女性も、若者も高齢者も気軽に利用
- 効能の話をしながら「ちょっと1杯」と立ち寄るスタイル
- 必ずしも科学的でなくても、「体で感じて続ける」実感知
この点は、気候・身体・日常をつなぐ文化的装置としての「チャイ」と極めて似ています。
5. ジャムウと大使館文化
語られぬ内側の継承
インドネシアにおけるジャムウ文化は、人びとの日常の中に深く根ざしているにもかかわらず、あまり外に向かって語られることがありません。これは単なる「情報発信の不足」ではなく、文化の構造そのものに理由があるように思われます。
🏠 大使館ですら発信していない文化
筆者は長年、ジャムウに関する情報を日本で探し続けてきました。1980年代に2冊の紹介本が出版され、一時的に雑誌でも取り上げられたものの、大きなブームには至らず、その後も常に2冊程度の関連本が出ては消える状態が続いています。これはいわば、関心のある人が細く、長く追いかけてきた文化なのです。
かつて在日インドネシア大使館では、職員向けに常時ジャムウが用意されていたと記録されています。しかし、その文化的意義や活用法が日本語で紹介されることはほとんどありませんでした。これはなぜなのでしょうか。
🌱 「見せる」ための文化ではない
日本では近年、「クールジャパン」のようなキャッチフレーズで、文化を外に向かって発信する動きが活発になっています。一方、ジャムウのような文化は、外に見せることを前提としない“内側の文化”です。
ジャムウは家庭や地域の知恵として受け継がれ、語られずとも続いてきた。それはまさに「身体の言葉」だからです。痛み、冷え、むくみ、疲れ……。そうした感覚に対する内なる知覚と思いやりが、言語化されずに世代を超えて伝承されてきました。
🔄 翻訳されない知性
ここで浮かび上がるのが、「文化が翻訳されないまま残る」という現象です。本来は「翻訳の知」が文化の中に宿ります。
しかしジャムウはさらにそこから言語化されず、外部への翻訳を拒むように沈黙しつつ、実践として生き延びた。その静かな強さは、時に「文化の無名性」と誤解されることさえあります。
🏺 翻訳的知性の結晶としてのジャムウ
ジャムウはもともと、インドから伝来したアーユルヴェーダの知識が土着の薬草文化と融合し、イスラーム圏との交易や東南アジア固有の身体観を吸収しながら形成された、翻訳と再構成の産物です。
このような「外来の知を受け入れ、咀嚼し、自らの文化として定着させる」プロセスは、日本の国風文化(たとえば和漢薬や精進料理、神仏習合など)にも非常によく似ています。
こうした文化的知性は、決して目立つことはありません。しかし、現代でも続くジャムウの人気や、屋台という社会的インフラの中で機能し続ける姿は、「翻訳された文化」が真に定着した証であるとも言えるでしょう。
6. 再発見の意義と、日本との共鳴
🔁 消えていった1980年代の「日本でのブーム」
実は1980年代の日本では、一時的にジャムウ関連の本や雑誌特集が登場しました。しかし定着せず、いつの間にか人々の記憶から消えていったのです。
それでも、常に「2冊だけは出版されている」不思議な現象があります。
くまは長年この新刊を定期的にチェックし続けてきましたが、常に何かしらの形で残り続けているのがジャムウの底力ともいえるでしょう。
🔗 日本との共鳴 翻訳知による文化の根づき
- ジャムウが土着化し再編されたように、
- 日本の紅茶文化も独自に翻訳・再構成されてきました。
このような外来の知を「自分たちの文化」に変える能力=翻訳知は、日本とインドネシアというアジアの島国に共通する文化的知性なのかもしれません。
7. 翻訳する知性、日本という風土
日本ほど、外来の思想・宗教・制度・食文化を「自分たちのもの」にしてしまう国は他にありません。仏教・儒教・漢字・アーユルヴェーダ系の医学知識、果ては紅茶やコーヒー文化に至るまで、日本はそれらを単に輸入するのではなく、咀嚼し、自国の文脈で再構成していく能力を長年にわたり培ってきました。
たとえば、精進料理は仏教的禁忌を受け継ぎながら、日本の四季と結びついた独自の料理体系となりました。和漢薬もまた、中国起源の医学書をもとに、日本で収集できる薬草・生活習慣に合わせて再構成され、今日では「和」の冠がつけられるに至っています。
このような文化翻訳力は、ジャムウに見られるインドネシアの知性と共鳴します。外来文化を誇示せず、無理なく暮らしの中に溶け込ませ、気づけば「自分たちのもの」として受け継がれている。その姿勢は、消費される文化とは異なる、「根づく文化」の強さを物語っています。
おわりに
今回は、ジャムウというインドネシア国民に身近で深い身体文化を紹介しました。次回は、この連載の原点に戻り、日本の紅茶文化を含めた「翻訳知による国風文化」全体の構造を読み解いていきます。