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ナーセリーティー (Nursery tea)はチルドレンズティー (Children’s tea)ともいいます。簡単に言えばアフタヌーンティー (Afternoon tea)の子供版です。今回はこのお茶の時間についてです。
ナースメイド
NannyもしくはNursemaid
ナースメイド(Nursemaid ) もしくはナーセリーメイド(nursery maid )は主に上流階級などで雇われていたアッパーサーバント(upper servant /上級家事使用人 )の一人です。 アッパーサーバントは大きな邸宅に住む家庭の邸宅の維持・管理のうち、管理や監督の仕事、特別な技術が必要な仕事をする家事使用人です。ここではナーセリーメイドもナースメイドとして扱います。また、ヨーロッパ各国でナースメイドやそれに類する職種の人たちがいましたが、ここではイギリスを例として取り上げます。
ナースメイドは子どもを世話する女性使用人で、現在では歴史用語となっています。しかし、この職種を理解しておくと今もイギリスに残るナーセリーティー(Nursery tea)を深く理解できるので、歴史用語ということはいったん置いておいて解説をしていきます。
ナースメイドは「乳母」、ナーセリーメイドは「保育士」に近いニュアンスを持ちますが、実際に任される仕事の範囲は広く、子供の教育、しつけ、その他の世話を一切を任されるのが普通です。どちらも古い時代(例えばシェイクスピアの時代)ではナース(nurse)と呼ばれていました。
ナースメイドは通常、子どもたちと一緒に子ども部屋で寝起きをし、洗顔から朝食などを含めて、一日中すべての面倒をみます。乳幼児に食事を与えたり、食事時に少し年上の子供を監視したり、子供がきちんと服を着ることができているかを確認したり、外で遊ぶのを見守るなど、その仕事は多岐にわたります。つまり、本来、学校に上がる前の子供に対して主に母親がすべきことのほとんど全てを代わりに行うというイメージが一番正確です。
教育やしつけも仕事の中の重要な位置を占めていました。ですからテーブルマナーから口のきき方、身のこなし、部屋の後片付けを教え込むこともナースメイドの仕事です。子どもに家庭教師がつけられるか、学校に行くようになるまでの極めて重要な時期の子育てをするわけです。ナースメイドをモチーフにした絵を2つ上げておきます。1枚目はPieter de Hooch (ピートル・デ・ホーホ)の絵で時代的にはぎりぎりナースと呼ばれるかナースメイドと呼ばれるか、という感じに両方が混在していた時代のものだと思います。

Pieter de Hooch (1629 – 1684)
2枚目はGeorge Goodwin Kilburne (ジョージ・グッドウィン・キルバーン)の絵で題名もはっきりと「The Nursemaid」となっています。

George Goodwin Kilburne (1839 – 1924)
上記の絵からもわかるように、ナースメイドは服装もいわゆるメイド服のようなお仕着せではなく、それなりに自由だったことが伺えます。
子供との関わり
当時の大邸宅の子供たちの就寝時間は18時30分頃で、居間で両親に会うのは毎日1時間ほどしかないのが普通でした。それ以外の子供たちの日常生活に常にナースメイドは密接に関わっていました。ですから本来なら母親自身が築くような子供たちとの親密な関係を容易に築いていました。このため、多くの場合、子供たちが成長した後もナースメイドがスタッフとして雇用されたり、ナースメイドがシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のジュリエットのナースのように成人した子供の付き添いのような責任ある役割を担い続けたりすることが多くみられました。(下図版)

engraving by James Parker (1750–1805) after painting by Robert Smirke (1752–1845)
ナーセリーティー
ナーセリーティーとは
冒頭でナーセリーティーは簡単に言えばアフタヌーンティーの子供版だと述べました。なぜこのようなことが必要だったのでしょうか。実はナースメイドの仕事と本来は密接なものだったのです。
ナーセリーティーは、ナーサリールーム(Nursery room / 子ども部屋)で行われるお茶の時間のことです。子どもたちは、ナーセリーティーを通して、さまざまなことを学ばなければなりませんでした。単なるお茶の時間というだけのものではなく、ナースメイドによる指導の時間でもあったのです。
指導の時間とは言っても、大人のアフタヌーンティーとは異なり、子ども用の茶器を使い、ぬいぐるみや人形なども参加するなど、子どもたちを楽しませる趣向がもりだくさんでした。
それで、ちょっと調べてみたら、今でも色々な種類の子供用のティーセット、しかもちゃんとした磁器のものが、手頃な値段でいっぱい売っているのです!くま、こういう小さいもの好きだから手を出したらコレクションはじめて危険だな、と思いました。

そこでは、ゲストの選び方やティーセットの揃え方と扱い方、テーブルセッティングの方法、ふるまい方やコミュニケーションの仕方など、大人になってから困らないように、未就学期の子供にとっては、かなり高度なことをナーセリーティーを通して学んだようです。
時には、子ども同士のお茶会も開かれたりもしました。兄弟姉妹で簡単に行われたり、お友だちを招待しての本格的なティーパーティーを開いたりすることもあります。
本格的なナーセリー・ティーパーティー
本格的なパーティーの場合、大人のアフタヌーンティーと同様にサンドイッチやバターつきパンからはじまるのがマナーです。そこにケーキが加わります。
飲み物は、必ずしも紅茶とは限らず、ジュースやレモネード、冬ならばココア、ビーフティー(牛肉のスープ)などということもあります。アフタヌーンティーのサンドイッチは、キューカンバーサンドイッチ(Cucumber sandwich / キュウリのサンドイッチ)がスタンダードですが、こうしたもののほかにバナナやトマトなどの子どもたちの嗜好に合わせたサンドイッチもだされます。
キューカンバーサンドイッチ
イギリスでは、19世紀から20世紀の初めにかけて産業革命が起こり、都市の近郊の農地がどんどん工場用地になってしまったので、野菜類は輸入に頼らざるを得なくなりました。また、イギリスの気候ではもともとキュウリの栽培に適していなかったので、新鮮なキュウリを食べることができるのは、高価な輸入野菜を購入するか、温室を持っていてキュウリの栽培ができる富裕層や、貴族層だけでした。そこから、新鮮なキュウリを用いたキューカンバーサンドイッチを客に振る舞える事自体がステータスでした。なので今はイギリスでも普通に手に入るキュウリですが、キューカンバーサンドイッチはイギリス人にとっては今でも特別な食べ物なのです。

James Petts from London, England
夕食の代わり
大人の夕食の時間は遅めだったので、18時30分頃には就寝する子供たちにとってそこまで待つのは現実的ではありませんでした。そこでナーセリーティーが、子どもたちの夕食がわりとなることもよくあったようです。ミルクたっぷりの紅茶、ビーフティー(牛肉のスープ)、サンドウィッチ、ビスケットやヴィクトリアケーキなどが用意されました。
ヴィクトリアケーキ
ヴィクトリアケーキ(Victoria Cake)はビクトリアサンドイッチ(Victoria sandwich)もしくはビクトリア スポンジ(Victoria sponge )と呼ばれるケーキです。
ヴィクトリアケーキは保育園のお茶会で子供たちに出されたケーキが起源であると言われています。ヴィクトリア朝初期のお茶会のケーキはフルーツケーキかシードケーキでした。しかし、19世紀のケーキは (まだベーキングパウダーが発明されたばかりで普及していなかったので)硬いものでした。
なので安全上の理由からどちらのケーキも子供たちに出す事ができませんでした。そこで、この軽いスポンジ ケーキでジャムなどを挟んだケーキが子供たちのお茶会のために作られました。このケーキが大人のお茶会にも登場して人気となり、その後ヴィクトリア女王のお気に入りとなり、この名前が付くようになりました。

