なぜ「国産紅茶」には基準がないのか?(1)

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1.導入 問いかけ

「紅茶なんて、好きなときに買えるものでしょ?」
スーパーの棚にずらりと並ぶ紅茶のパッケージ。
どこででも手に入り、輸入品も国産品も当たり前に並ぶこの光景を、私たちは「日常」として受け止めています。
けれど、ふと気づいたことはありませんか?

「紅茶に、JASマークってついていたっけ?」

「日本で作られた紅茶には、何か基準があるの?」

実は『紅茶用語辞典』を書くために調べてみると、なんと「紅茶」はJAS(日本農林規格)の正式な対象外だったのです。つまり、日本国内には「紅茶に関する国の認証制度」が存在しないというのが、今の現実なのです。

この事実に、違和感を抱く人は多くありません。
なぜなら「国産紅茶」という言葉自体が、まだ日常語になっていないからです。
しかし、少し視点を変えると、そこには重大な問いが潜んでいます。

「なぜ、日本で作られる紅茶には“公的な基準”がないのか?」
「そして、それは誰のために、どんな影響を与えているのか?」

この問いを手がかりに、私たちは「国産紅茶」という存在を通して、JAS制度、そして日本の農業制度全体の姿を見直すことができます。
このシリーズでは、「小さな茶畑」と「制度」とのあいだにある見えない壁を、一つひとつ丁寧に紐解いていきたいと思います。


2.背景と制度の解説

JAS制度とは何か?

JAS(Japanese Agricultural Standards/日本農林規格)は、農林水産省が所管する農産物・食品の品質・表示に関する国家基準制度です。パッケージに見かける「JASマーク」は、その商品が国の定める規格に適合していることを第三者機関が検査・認証した証拠です。

たとえば、乾燥野菜・牛乳・食酢・はちみつなどには、それぞれに定められたJAS規格が存在します。そして「有機JAS」はとくに広く知られており、オーガニック製品の認証制度としても流通しています。

では、紅茶は?

実は、現在のJAS制度において、紅茶は「等級(品質)」についてのJAS規格を持ちません。
厳密に言えば「有機紅茶」に限って、有機JAS認証を受けることは可能ですが、それは「有機農産物としての管理方法」に対する認証であり、 紅茶そのものの等級や品質を定めた基準ではないのです。


なぜ紅茶にJASがないのか? 〜建前と本音〜

農水省が示す公式な理由としては、次の3点が挙げられています。

  1. 品質評価が主観的になりやすい
  2. 国際的に等級基準が主導している(CTC等)
  3. 国内生産量が少ないため規格整備の優先順位が低い

一見するともっともらしく思える理由ですが、それぞれについて深く考えてみると、「本当にそれだけの理由で“制度が必要ない”とされてきたのか?」という疑問も浮かび上がってきます。

  1. そもそも「品質評価が主観的すぎる」とされているのは、国としての評価体系が未整備なだけです。実際、ワインなどではきちんと整備されています。
  2. 国際基準があるなら、それをJASに取り込むことも可能なはずです。それは決して難しいことではありません。
  3. 国内生産が少ないからといって制度化を放棄するのは、むしろ小規模生産者を切り捨てる論理では?

つまり、「制度がない理由」には、表向きの建前だけでなく、制度化を進めてこなかったこと自体が問題なのではないか、という視点が必要です。


3. 国産紅茶を育てる現場の矛盾

JASの「不在」がもたらす現場の困難

日本国内で紅茶を生産する農家は、ここ10年ほどで確実に増えつつあります。とくに若い世代の就農者が、緑茶用の茶園を活かしてクラフト紅茶や地域ブランド茶として取り組むケースが目立ちます。しかしこの流れに対して、制度的な「後ろ盾」がないという現実が、大きな足かせになっています。

  • JAS等級がない → 品質を示す公的指標がない
  • JAS規格がない → 「JASマーク」が使えない
  • 表示基準が曖昧 → 消費者に信頼してもらいにくい

こうした状態では、せっかく丹精込めて作った国産紅茶でも、「これは本当に良いものです」と説明する際の説得力が制度的に欠けているのです。


認証がなければ、輸出にも使えない

さらに重要なのが、輸出のハードルです。たとえば、EUやアメリカのオーガニック基準では、輸出元国における認証制度の存在が前提条件となります。

  • 有機JASに対応する制度がある → 有機紅茶として輸出可能
  • 等級JASが存在しない → 品質保証の手段がなく、現地の再検査が必要になる

つまり、日本国内で紅茶に対する品質基準が存在しないことは、海外展開を目指す国産紅茶にとって、構造的な不利となってしまうのです。


農家は信頼を「個人の努力」で築くしかない

このような制度的不在の中で、農家や小規模生産者たちはどうしているのか?

  • 茶園の見学受け入れ(オープンファーム)
  • 丁寧なSNS発信と試飲販売でのファン獲得
  • 地域ブランドとの連携

こうした努力と信頼の積み重ねによって、なんとか販路を築いています。けれどそれは、あくまで「制度が支えない分、現場が担っている苦労」でもあります。

  • 制度が整っていれば、個々の農家の苦労や創意工夫が、もっとスムーズに実を結ぶはずです。
  • 信頼の獲得が「表現力」に左右されてしまうのは、制度的にも不公正と言えます。