contents
- 🍂 はじめに 世界で一番有名な「まずそうな淹れ方」
- 🔬 規格の目的と、イギリスでの「騒動」
- 🧪 特別追記 イグノーベル賞と「紅茶の抽出法」
- ☕ 試したこと、なかったです(笑)
- 📏 なぜ「標準」が必要なのか?
- 🌿 それでも、紅茶は自由であってほしい
- 📄 付録 ISO 3103の内容(抄訳と原文)
- 🧸 くまの一言
🍂 はじめに 世界で一番有名な「まずそうな淹れ方」
紅茶の世界には、「ISO 3103」という少し風変わりな文書があります。これは紅茶の評価のために定められた、いわゆる標準抽出法。でもその内容を初めて目にしたとき、きっと多くの人がこう思うでしょう。
「えっ、それって……本当に飲むもの?」
🔬 規格の目的と、イギリスでの「騒動」
一見すると「お茶にここまで?」と思うかもしれませんが、ここには明確な目的があります。主観に左右されがちな味覚の評価を、なるべく客観的に行うための「比較可能な土台」をつくること。つまり、飲むためではなく、比べるための淹れ方なのです。
ところがこの文書、2003年頃にイギリスの新聞が「紅茶の淹れ方が法律で決まった!」と面白おかしく報じたことで、ちょっとした騒動を巻き起こしました。「イギリス人に紅茶の淹れ方を教えるとは何事か」と憤る声、「じゃあ試してみよう」と笑う声、まさに紅茶という文化が、人々の誇りや感情と強く結びついている証でもありました。
🧪 特別追記 イグノーベル賞と「紅茶の抽出法」
実はこの「ISO 3103」には、ちょっとした栄誉とユーモアの記録も残されています。この規格の策定に関わった研究者のひとりは、1999年のイグノーベル賞 文学賞(Ig Nobel Prize in Literature)を受賞しています。
授賞理由は……
“For determining the scientifically correct way to make a cup of tea.”
(「紅茶の正しい淹れ方を科学的に定めた功績により」)
授賞式では、「実際には誰もその通りに淹れていないだろう」という冗談も添えられました。
イグノーベル賞は、ユーモラスで風変わりな研究に贈られる賞。でもその根底には、「真面目に考える価値のある問い」への愛が詰まっています。
そう、紅茶とは、人類が真剣に向き合ってしまう飲み物なのです。
☕ 試したこと、なかったです(笑)
正直に言えば、私はこの「ISO 3103式の紅茶」、あまりにもまずそうで、試してみようと思ったことすらありませんでした。茶葉2グラムに熱湯100mlを注ぎ、6分間きっちり抽出する。白い磁器のポットで、蓋の形まで決まっていて、という文書を読めば読むほど、「これ、本当に人が飲むものなのか?」という気持ちが先に立ちました。
けれど、紅茶の辞典をつくる身として、やはり一度は通らねばならぬ道、と思い直したのです。気が進まないながらも、できるかぎり規格に忠実に再現してみました。
結果はというと、やはり、渋かったです。特に繊細な茶葉にはこの抽出時間は酷で、香りは飛び、苦味だけが残る。けれど一方で、「なるほど、これは“比較”のための方法なんだな」とも腑に落ちるものがありました。茶葉ごとの渋みの質や香りの輪郭が、意外なほどくっきりと浮かび上がったのです。でもやはりおいしくはなかったです。
📏 なぜ「標準」が必要なのか?
そもそもISO 3103は、「日常でおいしく紅茶を飲むため」のレシピではありません。目的はただひとつ、茶葉の品質を客観的に比較できるようにすること。だからこそ、細かく条件をそろえ、誰がどこで淹れても同じような状態を再現できるように設計されているのです。
紅茶の評価は、想像以上に主観的です。お湯の温度、淹れ方、カップの材質、飲む人の体調や気分。すべてが味の印象に影響を与えます。その揺らぎをなるべく抑え、「このロットの茶葉は以前より渋みが増した」「香りの立ち方に違いがある」といった比較を可能にするには、基準となる「共通の淹れ方」が必要だったのです。
だから私は思うのです。ISO 3103のような規格は、官能検査という曖昧さを科学的に扱うための「味のものさし」なのだと。
🌿 それでも、紅茶は自由であってほしい
けれど、どんなに緻密に設計された規格であっても、紅茶は最後には「人が飲む」ものです。
規格は「同じ条件で比べる」ための装置であって、それが「おいしさ」や「好き嫌い」を決めるものではありません。
私たちは誰かと一緒に、あるいは一人で、時には雑に、時には丁寧に、お茶を淹れて飲みます。そこには数値化できないもの、感情や記憶や、その日の天気すらも関わってきます。
だから私は思うのです。ISO 3103のような規格が存在することで、逆に紅茶というものの「奥行き」が見えてくるのだと。
飲み方ひとつとっても、これほど多くの角度から語れる飲み物は、そう多くありません。
そして今日もまた、誰かがきっと、まったく「標準的ではない淹れ方」で、自分だけの一杯を楽しんでいる。
それが紅茶という飲み物の、いちばん豊かなところなのかもしれません。
📄 付録 ISO 3103の内容(抄訳と原文)
抄訳:紅茶の標準抽出手順(要約)
- 白い磁器製のティーポット(310ml)を使用
- 茶葉を正確に2.0g量る(±0.01gの精度)
- 100mlの沸騰直後の湯を注ぎ、すぐに蓋をする
- 6分間の抽出を行う
- ポットからカップに注ぎ分け、液(リカー)と葉(茶殻)を評価する
英文原文より抜粋(ISO 3103:1980)
“The recommended procedure is to place 2 g of tea in a pot, pour freshly boiling water (100 ml for each 2 g of tea) into the pot, and allow the tea to brew for six minutes. The infusion is then poured into a white porcelain or glazed earthenware bowl. The leaf is also to be assessed separately.”
🧸 くまの一言
たとえ誰かが 「紅茶は6分淹れるものだ」 と言っても、私は自分の1分半を信じます。