紅茶とISO (2) 「天然」と「合成」の境界をめぐって

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🧾 はじめに 「天然」は誰が決めるのか?

「この香料は天然です」と書かれている商品を、私たちは日々の生活でたくさん目にします。けれど、ふと立ち止まってみると、ひとつの疑問が浮かびます。

  • いったい、誰が「天然」と定義しているのか?
  • そして、どういう基準で「天然」なのか?

この問いに答えるために存在するのが、ISO 9235という国際規格です。この規格は、食品や香粧品、そして紅茶にも深く関わる「香料」の世界において「天然」と呼んでよい範囲を明確に線引きしてくれるものです。とても地味なようでいて、実は私たちの生活に驚くほど密着したルールなのです。


🔍 ISO 9235とは 香料の「由来」と「製法」による定義

ISO 9235のタイトルは次のように記されています。

“Aromatic natural raw materials — Vocabulary”
(芳香性天然原料 ― 用語集)

『ISO 9235のタイトル』より

ここで定義されている「天然香料(natural flavor)」は、単に“自然にあるもの”という意味ではありません。
「どんな原料を、どんな方法で取り出したか」という「プロセス込みの定義」なのです。

🔹定義の主なポイント

  • 植物や動物など自然由来の素材から
  • 物理的な方法(蒸留、圧搾、抽出など)で得られ
  • 化学的構造を変えないかぎり、天然とみなされる

つまり、「化学合成をしていない」「原料が自然」だけでは不十分。
「取り出し方」までが問われるのがISOのスタンスなのです。


🌹 精油とアブソリュート

同じ花からでも「天然」にならないことがある

たとえば「ローズの香り」とひと口に言っても、その取り出し方によって定義は変わってきます。

🪔 精油(essential oil)

水蒸気蒸留などの物理的方法で得られる揮発性香料のことです。ラベンダーやベルガモットなどはこの方式で抽出されることが多く、ISO上も「天然」として認められます。

🌹 アブソリュート(absolute)

バラやジャスミンのように精油としては取れにくい花から、有機溶媒(ヘキサンなど)を用いて抽出する手法のことです。香りは非常に繊細で豊かですが、ISO 9235では、この「溶媒抽出」によって得られた成分は「非天然」とされます。このため、「天然のバラから採ったのに、“非天然”扱いされる」という逆説が起きるのです。


🧸 くまのひとこと

私自身も紅茶にエッセンシャルオイルを少量垂らして香りづけすることがあります(非推奨)。でも、その「精油」が天然かどうかといえば、製法を問わないと判断できないんですよね。もちろん、作っている工場まで行って自己責任で使っていますけど。

『森のくまの告白』より


紅茶と香料 天然? 合成?

フレーバーティーと呼ばれるジャンルでは、紅茶にさまざまな香りを加えることが一般的になっています。

  • アールグレイ → ベルガモットの香り
  • フルーツティー → ピーチ、ベリー、マンゴーなど
  • ハーブティーブレンド → ラベンダー、カモミール etc.

こうした香りの多くは、「香料(flavor)」として後から添加されているものです。


🔍 香料の種類 天然香料と合成香料のグラデーション

香料と一口に言っても、実は分類にはいくつかのグラデーションがあります。

分類由来と特徴ISO 9235 での扱い
天然香料
(natural flavor)
自然由来の素材から「天然」として定義
天然同等香料
(natural identical)
自然界に存在する成分を合成で再現ISOでは「合成」「非天然」
合成香料
(synthetic flavor)
自然に存在しない化学構造の香料「非天然」

つまり、自然と似ていても、まったく同じ化学式でも合成は合成として扱われます。ISO 9235では、「出どころ」ではなく「製法」によって区分されるのが大きな特徴です。もっと言えば「似ているか」ではなく「どう作ったか」 が大切なのです。


🧴「ナチュラルフレーバー」の表示に注意

日本では、商品パッケージに「ナチュラルフレーバー」と書かれていても、それがISOでいう「天然香料」にあたるとは限りません。

たとえば……

  • ローズアブソリュート使用 → ISOでは「非天然」
  • ベルガモットの合成成分使用 → 「合成」でも「ナチュラル」と書かれていることがある

これは、日本の表示制度では「製法」による明確な定義がないことが理由です。つまり日本の法律などでは、「天然香料」の法的定義が存在しないため、ISOのような線引きはまだ普及していないのです。


🧸 くまのひとこと

「香り」は嗜好だけでなく、安全性にも深く関わっています。天然かどうか以上に「どんな濃度で、どこに使うか、何に使うか、そもそも安全か?」を問う姿勢こそ大切なのかもしれません。

実は私自身、かつて広告制作や企画の仕事にも関わっていました。
「ナチュラルフレーバー」という言葉が「安心できそうな響き」として巧妙に設計されていたことを実感としてよく知っています。だって、そう書いた商品と書かなかった商品、同じものでも売り上げが全然違いましたもの。

だからこそ、いまこうして「言葉の裏側まで伝える記事」を書いているのです。

💡くまのワンポイント&懺悔


☢️ 「天然だから安全」とは限らない リモネンと猫の話

「天然の香料なら、体にも環境にもやさしいはず」
そう思っている人は多いかもしれません。

ですが「天然=無害」とは限らないのです。


🍊 リモネン 柑橘の香りとその裏側

リモネン(limonene)は、オレンジやレモンの皮に多く含まれるテルペン類の一種で、爽やかで明るい香りが特徴です。

  • オレンジ精油の主成分(約90%がリモネン)
  • 洗剤や芳香剤、香水にも幅広く使用
  • 食品添加物としても身近な物質

まさに「生活に入り込んだ香り」といえる存在です。


🧪 でも、リモネンには弱点がある

  1. 揮発性が高く、空気中で酸化しやすい
  2. 酸化生成物がアレルゲンになることがある
  3. 猫にとっては特に危険

🐾 猫とリモネン 代謝経路の違いが引き起こす毒性

人間ではごく低濃度なら問題にならないリモネンも、猫にとっては「肝毒性」のある成分とされています。理由は単純で、猫は肝臓の特定の酵素群を持たないため、リモネンを分解・排出できずに体内に蓄積→中毒症状を引き起こすことがあるのです。

  • アロマオイルの誤飲や吸入
  • オイル入り加湿器の使用
  • 柑橘系洗剤をなめてしまう etc.

これらが原因で、嘔吐・昏睡・最悪の場合死亡例も報告されています。


🧼 IFRAコード 香料の安全使用を守るもう一つの国際基準

香料が「天然か合成か」を超えて、もうひとつ重要なのが安全使用のための基準です。それが、IFRA(国際香粧品香料協会)によって発行されているIFRA Codeです。

このコードは、香料ごとに「使ってよい濃度」「使ってよい部位」「用途の制限」などを示したもので、ISOとは別系統の国際規範でISOと異なり、「安全使用のための指針」という側面が強い規格です。相互に補完し合う役割を果たしています。

たとえばリモネンは、IFRAでは「酸化生成物のアレルゲン性に注意」と明記されており、一部の製品では濃度制限が設けられています。

💡くまのワンポイント


✍️ まとめ ISO 9235が示すのは「思想としての線引き」

ISO 9235は、単に成分や物質を機械的に分類しているだけではありません。それは「香りという見えないものに、科学的な輪郭を与える」設計思想なのです。

  • 「天然」とは、素材と製法の両方を問う概念
  • 精油とアブソリュートの線引きが逆説を生む
  • リモネンのような「天然でもリスクあり」な成分もある
  • 安全性や使用用途への意識を喚起
  • 自然志向と自然科学のあいだに橋をかける基準

そしてIFRAとISOは、安全と定義の2本柱となっているのです。