紅茶と宗教(2)イスラームと紅茶(1)酒を遠ざけ、茶を嗜む

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🔰イスラームについて

世界の紅茶文化を見渡すとき、イスラーム世界ほど「日常の中に紅茶が溶け込んでいる」文化圏は珍しいかもしれません。トルコのチャイグラス、モロッコのミントティー、パキスタンやバングラデシュの濃厚なミルクティーなどです。今回はまず、イスラームという宗教の基本的な考え方と、なぜ紅茶と深く結びついたのかを概観します。

☪️宗教名

イスラームほど日本人に正確に伝わっていない宗教も珍しいと思います。まづ宗教名です。「イスラーム」という言葉の中には「教」という意味がすでに含まれています。なのでイスラム教というのは間違いなのです。仏教教やキリスト教教と呼ぶようなものなのです。

👤開祖名

次に開祖(イスラームの創始者)の名前です。日本では「マホメット」という名前がポピュラーですがこれは単なる英語読みで、本当は「ムハンマド」です。

📖聖典名

さらに聖典名です。日本では「コーラン」と呼ばれることが多いですが本当は「クルアーン」です。

このように「宗教名」「開祖名」「聖典名」の全部が間違って伝わっているのです。これはひどいし、いかに日本で理解されていないかの象徴でもあります。


🫖イスラームと紅茶、その静かなる関係

イスラーム世界において、紅茶は単なる飲み物ではありません。祈りの合間、家庭でのもてなし、路地の茶屋、ビジネスの交渉など、あらゆる場面で紅茶が登場します。しかし、なぜこれほどまでに紅茶が受け入れられ、生活に溶け込んでいったのでしょうか?

📘ハラールとハラーム

イスラームで飲食に関する最も重要な区分は「ハラール(許されている)」か「ハラーム(禁じられている)」か、ということです。豚肉が禁止されているのは有名なので聞いたことがあると思います。そしてアルコールも「ハラーム」として禁じられています。


🕋 クルアーンにおける飲酒の記述と禁酒の理由

イスラームにおいて、アルコール(飲酒)を禁じる根拠はクルアーンに複数回登場します。以下に、段階的に示される規定とその意味を紹介します。

🧩 段階的啓示(ナズール)の特徴

イスラームにおける律法の多くは、いきなり厳しく禁止するのではなく、段階を踏んで人々を導くように啓示されています。飲酒の禁止もその代表例です。

彼らはあなたに、酒と賭け事について尋ねる。言ってやるがよい。『それらには、大きな罪があり、人びとにとって若干の益もある。しかし、その罪は益よりも大きい。』(クルアーン第2章 バカラ章 219節)

🔍 解説

この段階では、酒に一定の効用(たとえば疲労回復、気分転換など)を認めつつも、社会的・道徳的な害の方が重大であるとし、慎むよう促しています。

🍷第2段階 礼拝(サラー)中の飲酒を禁止

信仰する者たちよ。あなたがたが礼拝に立つとき、何を言っているのかわからぬほどに酔っていてはならない。

(クルアーン第4章 ニサー章 43節)

🔍 解説

礼拝の時間に酔っていることを禁じた節です。祈りの集中や正気を保つことが、信仰者にとって不可欠であると明示されました。

😈最終段階 全面的な禁止と悪魔的行為の警告

信仰する者たちよ。酒、賭け事、偶像、くじ引きは、すべて悪魔の仕業による忌むべきものである。だから、それらを避けなさい。成功するためには。

(クルアーン第5章 マーイダ章 90節)

悪魔は、酒と賭け事によって、あなたがたの間に敵意と憎しみを生じさせ、アッラーを念ずることや礼拝から遠ざけようとする。あなたがたは、それでもやめないのか?

(クルアーン第5章 マーイダ章 91節)

🔍 解説

ここでついに、酒は悪魔の仕業(リジュス)であり、避けなければならないものとされました。人間関係を壊し、信仰を遠ざけるものとして、完全な禁止令が下されました。


🫖「清らかに保つもの」としての紅茶

このように、イスラームでは宗教的な戒律からアルコールが禁じられています。では、その代替となる飲み物は何か?それが「お茶」特に紅茶でした。紅茶は「ハラール(許されたもの)」に含まれ、多くのムスリムにとって日常生活を彩る欠かせない嗜好品となりました。宗教的な禁忌が、「代替的な豊かさ」を生み出す文化的土壌になったのです。

🍹なぜ「水」や「ジュース」ではなく、紅茶だったの?

紅茶にはほのかな苦みと温かみがあり、「心を落ち着ける」飲み物として位置づけられやすかったのです。また、文化的にも西洋由来のコーヒーよりも、より「中庸」的な印象を与えるというイメージの問題もありました(トルコやペルシアなどでコーヒーが好まれるのは別の文化的背景によります)。

さらに、19世紀以降のイギリス帝国の拡大によって、紅茶はインドやスリランカを通じて中東・北アフリカに大量に輸入されるようになり、安価で手に入りやすい非アルコール飲料として普及していきました。


🌿 聖と俗を結ぶ「一杯の茶」

ムスリムの生活では、1日に5回の礼拝(サラート)が日常に織り込まれています。その祈りの後に交わされる一杯の紅茶は、単なる飲み物ではなく、神聖な時間から日常へと戻るための小さな橋渡しであることがあります。

このような「祈りや儀式の後に何かを口にする」行為は、古代の信仰文化にも広く見られます。たとえば、ヨーロッパの古代からの自然崇拝や日本の神道では、神事の後に季節の果実や土地の食べ物をいただくことで、霊的な営みから現実に着地するという慣習がありました。


🌙 イフタールと紅茶

イスラームにおいても、ラマダーン月の日没後の食事「イフタール(Iftar)」は、信仰と喜びが交差する美しい習慣です。断食明けの一杯の水やナツメヤシ、そして温かい紅茶は、長い忍耐の時を超えて迎える祝福の象徴です。

くまも参加させて頂いたことがありますが、特に印象的だったのは、大きなティーポットを囲み、皆で回し飲みするイフタールの光景です。どこか懐かしいような、どこか聖なるようなその風景には、個と個をつなぐ茶の役割がくっきりと表れています。
「はい、次はあなたね」とそっと渡されるカップ。
その手の温もりとともに、ただの飲み物が分かち合いの象徴に変わる瞬間です。

こうした時、紅茶は「単なる嗜好品」ではありません。
聖と俗、自己と他者、緊張と安堵を結ぶ “橋”のような役割を果たすのです。それは時に「文化」や「宗教」をも超えて、私たちの心と心をやさしくつなぐ力を持っているのです。


🤝 紅茶は「つながり」をつくる

イスラームにおいて、ホスピタリティ(おもてなし)は非常に重要な価値です。見知らぬ人にも茶をふるまう文化が根付いているのは、「他者との絆を築くことが神への服従にも通じる」という精神が背景にあるからです。

一杯のお茶は、家族との団らん、隣人との交流、信仰共同体の絆の確認といった、多くの意味を持っています。

このようにして、ムスリム社会において、紅茶は「清らかで、誰でも共に飲めるもの」として、信仰の倫理と社交の実用が融合した特別な存在になったのです。


📜 クルアーンには茶が出てこない?

クルアーンには「茶」という言葉は登場しません。にもかかわらず、これほど茶文化が豊かに発展したのは、実践としての信仰(スンナ)と社会慣習(アーダ)が融合した結果ともいえるでしょう。

また、酒が禁止されたことによって「精神を研ぎ澄ます、穏やかな覚醒状態」が求められ、それが紅茶の持つカフェイン作用と結びついたことも、紅茶普及の一因と考えられます。


🌍 紅茶が根付いた国々

イスラーム世界の広がりとともに、紅茶のスタイルも多様に進化しました。

🇹🇷トルコ

チャイは国民的飲み物であり、グラスの形にも宗教的・象徴的意味が込められているとする説もあります。断食明けのイフタールで最初に飲まれることも多いです。

🇮🇷イラン

紅茶は儀礼の一部。宗教行事や弔問の場面でもふるまわれ、宗教的・社会的つながりを象徴します。

🇲🇦モロッコ

モロッコなどの北アフリカでは、砂糖とミントをたっぷり加えた緑茶が好まれ、神への敬意を込めた「もてなし」として欠かせません。

🇵🇰パキスタン・🇧🇩バングラデシュ

ストロングなミルクティー文化が発展。礼拝後や宗教行事の休憩時間にも振る舞われます。