ティーバッグの安全性(2)

目次

4.マイクロプラスチックやナノプラスチックの危険性

マイクロプラスチックやナノプラスチックには害がない?

高分子材料技術者の並木陽一工学博士という方が「ティーバッグからマイクロプラスチックが溶け出したお茶などを飲んでも健康被害はない」ということを主張しておられます。以下その主張を引用させていただきます。

(以下引用)

「マイクロプラスチックは微粒子であり、お湯に溶けるのではなく放出されるものです。プラスチック製ティーバッグを95℃のお湯に入れても微粒子の形を保っているということは、ヒトの体内温度で融解して液体となり吸収されることはありません。また、有害な添加剤が含まれているプラスチックがティーバッグに使われることもありません」

『紅茶や麦茶のパックって体に危険? 専門家に聞く』(マイナビニュース 2020/03/13 15:34)より

(引用終わり)

さらに並木博士は「ティーバッグ紅茶に含まれるマイクロプラスチックは有害ではないのです」と断言しています。

でも本当にそうなのでしょうか?もしそうだとしたら、前回見たような伊藤園の対応は無意味ということになります。利益を出すことを目的としている企業で、なおかつ、専門家を多く抱えている伊藤園がそんな無駄なことに資金や技術を投入するのでしょうか?くまには伊藤園ほどの大企業がそんな無駄をするとは思えません。先にご紹介したニュースリリースにも「当社は、現在販売しているティーバッグ製品でも生分解性素材を使用したフィルターの開発を進めています」とあります。これはかなり大がかりな事業です。たかだか「マイクロプラスチックやナノプラスチックが評判悪い」というだけでここまでするとははっきり言ってありえないことだと思います。

なので、正直にいって、くまにはこの並木博士という人の話はまるで信用できませんでした。なので更に調べてみました。

マイクロプラスチックやナノプラスチックの人体への影響

まず、最初に断言しておきますが、前述の並木氏の見解はおそらくこの問題に関して利害関係のある企業などの関係者もしくは擁護者であることは間違いないだろう、ということです。なぜなら理由は簡単です。

「安全だと断言」しているからです。

現在の研究では色々な推測はできるけれど

「わからない」

というのが現状断言して良いものだからです。

専門家を名乗り、ましてや工学博士号までお持ちの高分子材料技術者が「安全を断言する」等、どう考えても不勉強か不誠実か、ティーバッグの素材を作っている企業などの関係者かその利害関係者か擁護者等でなければ考えられないからです。

もう一度言います。

「現状、マイクロプラスチックやナノプラスチックの人体に対する影響は不明」

です。でもこれでは全然安心はできませんよね。そこで、もう少し色々なデータなどを見ていきたいと思います。

5.マイクロプラスチックやナノプラスチックが身体に取り込まれたら

ここでいったん、1の『ティーバッグの実験』の所で取り上げたバルセロナ自治大学 (UAB)の論文をもう少しきちんと見ていきましょう。以下「」内は引用です。訳はくまの訳なので、もしおかしいところがあったら教えてください。

「データの全てが明確に表しているのは、プラスチックの粒子が小さければ小さいほど細胞内への取り込みが多くなるということです。つまりプラスチックのサイズが小さければ小さいほどリスクが高まるのです」

つまり、マイクロプラスチックよりナノプラスチックの方がリスクが大きいということをいっています。

くわえて、その続きでは次のような実験をしています。

「このプラスチック粒子に染色(繊維用着色剤の iDye poly-pinkを使用)を施し、体内でどのように相互作用するかを追跡するためにヒトの腸から細胞を取り出しました。すると24時間後、腸内で粘液を生成する特定の消化細胞が、大量のマイクロプラスチックやナノプラスチック粒子を吸収していることが判明したのです。さらに、プラスチックはこれらの細胞核(遺伝情報を保存している場所)にまで到達していることが分かったということでした。」(くま訳、要約及び注)

つまり、マイクロプラスチックやナノプラスチックが身体に腸から取り込まれて、細胞の中まで入り込んでしまうということが証明されたわけです。

※これに関して他の研究結果を追記しておきます。日本の東京大学大学院工学系研究科の研究結果です。これは小腸からのマイクロプラスチックやナノプラスチックの吸収に焦点を当てているのでよりその仕組みがわかりやすいと思います。(参考資料4)

ここでもう一つの論文に当たります。スェーデンのLund University (ルンド大学)の生化学・構造生物学科Karin Mattsson (カリン・マットソン)上級研究員(2017年当時)ら6人によるナノプラスチックが脳内に取り込まれることを証明した研究です。(参考資料1)

Dr. Karin Mattsson ©Cision
Dr. Karin Mattsson ©Cision

以下がそこで書かれていることの抜粋要約です。

1.ミジンコにナノプラスチック (アミノ修飾ポリスチレンナノ粒子)を与えたところ、濃度 0.025 g/L までは、すべてのミジンコが24 時間後も生存していましたが、0.075 g/L を超えると 13 時間以内にすべてが死亡しました。

2.さらにナノプラスチックを与えたミジンコをフナに与えた場合、捕食や泳ぎに異常が見いだされ、解剖の結果、ナノプラスチックが血液脳関門(脳に悪いものが入らないようにする身体の仕組み)を突破して、脳に影響を与えていたことがはっきりとわかりました。また、フナの脳構造と水分含有量に肉眼でもわかるレベルの変化があったことを報告しています。(訳・要約 森のくま)

つまり、ナノプラスチックを一定量与えられたミジンコは死に、それを食べた魚は脳にナノプラスチックが入り込んで、異常行動と肉眼で観察できるレベルで脳に異常をきたした、という事実が確認できたということです。

さらに、ハンガリーのUniversity of Debrecen (デブレツェン大学)物理化学分野のOldamur Hollóczki (オルダムール・ホロツキ)博士らによるとマウスの実験でもナノプラスチックが脳関門を突破することと、その仕組みを解明しました。(参考文献2)

Dr.Oldamur Hollóczki
Dr.Oldamur Hollóczki

その上、オーストリアのMedical University of Vienna (ウィーン医科大学)実験病理学のLukas Kenner(ルーカス・ケナー)教授によると、最も小さなナノプラスチックは投与後わずか2時間で、マウスの脳内に入り込んでいたのです。(参考文献2)

Dr. Lukas Kenner
Dr. Lukas Kenner

ここでいったんまとめましょう。ここまでわかったことは

1.ナノプラスチックを一定以上取り込んだミジンコは全部死んだ。
2.ナノプラスチックはフナの口から入り、脳に入り込んで異常行動をおこさせ、肉眼で視認できるレベルで脳に異常をきたした。
3.マウスでもナノプラスチックは2時間で脳に達していた。

ということです。ただし、動物を対象とした研究が人間でも同じ結果をもたらすとは限りません。ですが同じ結果をもたらす可能性は魚からマウスへと確認できたことからも高まっているといえます。

Kenner教授は、「ナノプラスチックが人間や環境に与える潜在的な害を最小限に抑えるには、今後の研究によりMNPの影響が明らかにされるまではプラスチックへの曝露を控え、その使用を制限することが極めて重要だ」と述べています。

人間ではどのような可能性があるか

腸から人間の体内にナノプラスチックが入り込むことは見てきました。腸から入ったナノプラスチックはそこから血液に入ります。つまり消化器系だけに止まらず循環器系に入る可能性が否定できないわけです。そしてマウスの実験と同じことが起こるとすれば人間の血液脳関門も突破して脳の中に入るということになります。

また細胞内にも入り込むことを考えれば、ナノプラスチックがミトコンドリアやDNAをかく乱して、がんのリスクを高める可能性も否定できません。なぜなら、発がん性は、遺伝毒性(Genotoxicity)やDNAの損傷に深く関係しているからです。

また2025年2月3日に医学誌「Nature Medicine」に掲載されたThe University of New Mexico (ニューメキシコ大学)Albuquerque (アルバカーキ校)のMatthew Campen (マシュー・カンペン)薬学教授の研究によると、マイクロプラスチックの中でも小さいものやナノプラスチックは人間の肝臓や腎臓よりも高い濃度で脳に蓄積されることが判明しました。(参考文献3)

Dr. Matthew Campen
Dr. Matthew Campen

さらに、2024年のサンプルは、2016年のサンプルと比べてマイクロおよびナノプラスチックの濃度が大幅に高くなっており、認知症と診断された人の脳内ではさらに高濃度だったという結果がえられています。

これによって即座に脳内のプラスチックと認知症の因果関係を断じることはできませんが、疑うには十分な話ではあると思います。

しかし、繰り返しますがいくら事実に基づいたものといっても、まだ明確に人体への悪影響との因果関係が立証されたわけではありません。あくまでも推測であり「どんなに黒に近くても誰も断定はまだできない」のです。

だからこそ前述の並木博士のように「安全だ」と断定することも本当は世界中の誰もできないはずなのです。しちゃってますけどね。

次回、最終回は安全なティーバッグについて考察します。

参考文献

1.『Brain damage and behavioural disorders in fish induced by plastic nanoparticles delivered through the food chain (食物連鎖を通じて運ばれたプラスチックナノ粒子によって魚に脳損傷と行動障害が引き起こされる)』2017年9月13日
2.『Micro- and Nanoplastics Breach the Blood–Brain Barrier (BBB): Biomolecular Corona’s Role Revealed (マイクロプラスチックとナノプラスチックが血液脳関門(BBB)を突破:生体分子コロナの役割が明らかに)』2023年4月19日
3.『Morphological and chemical characterization of nanoplastics in human tissue (ヒト組織中のナノプラスチックの形態学的及び化学的特性評価)』2025年3月12日
4.『Size-Dependent Internalization of Microplastics and Nanoplastics Using In Vitro Model of the Human Intestine—Contribution of Each Cell in the Tri-Culture Models (培養小腸モデルを用いた異なる大きさのマイクロナノプラスチックの人体への取り込み)』東京大学大学院工学系研究科  酒井康行、チェヒュンジン、金子 昌平 2024年9月2日
(英文論文はこちらから)