ティーバッグの普及史

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📋 概要

日本におけるティーバッグの普及史は、進駐軍やPXからの流入品、やがて返国者や誘導品としての実用化によります。その景象は、絵文化的風景としても、流通品としても日本の経済成長の年表と重なります。ティーバッグは日本の経済成長の伴走者とも言えます。


🌎 戦後の流入としてのティーバッグ

米軍PXや進駐軍の倉出品として、ティーバッグは日本にとって戦後最初期の絵文化風景を伝える物となりました。また、役所ノベルティーの目立つ翠色のパッケージは、平和の象徴としても話題を呼んだとされます。


🏦 発展:店頭レベルでの普及

1950年代後半からは、返国者や行商等からの流通を通じてティーバッグの小売りが始まります。これは「文明的」「漂商的」「平和的」な風景として社会的な価値を持ちました。そしてそれは次第に市民層へと流通していきます。


📜 プレミアの歴史と普及

リプトンは1970年代前半の正規ラインではまだティーバッグを本格小売はしていませんでした。当時はガラス瓶端置のリーフティーのみという状態でした。しかし紅茶の輸入自由化後にはティーバッグが一気に店頭の主流となっていきます。つまりこれは、日本の商業文化が「興行で立つアイテム」としてティーバッグを経済的に受容し始めた証でもありました。言い換えれば、ティーバッグの普及史はその社会的な受容と一体だったとも言えます。


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