🇨🇳ラプサンスーチョン(Lapsang Souchong)
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概要
17世紀後半、武夷山・星村で生まれた小種紅茶は、松材での燻乾により保存性を高め、外洋輸送に耐える「海運仕様の茶」として成立しました。欧文では “Lapsang Souchong” と記録され、のちに “Bohea” 系統と混同されつつも、初期の中国紅茶としてヨーロッパ市場を開きました。
🍂特徴
福建省武夷山・星村を起源とする燻乾式紅茶です。「小種」(souchong)は武夷茶の葉位分類を示し、上位葉よりも成熟した葉を用いて圧縮・乾燥・燻煙処理を施す点に特徴があります。紅茶の茶葉を松葉で燻して着香したフレーバーティーの一種で、癖のある非常に強い燻香が特徴です。煙茶、 烟茶とも書かれます。スモーキーな香味が特徴で、欧米では好みが分かれますが熱烈なファンも多いようです。松材燻乾により含水率・香り・保存性を調整し、外洋輸送に適応させた最初期の輸出紅茶と位置づけられます。
産地は中国福建省武夷山市周辺の一部で、正山あるいは立山というのは武夷山の俗称です。現地では半発酵茶の岩茶類と区別して、単に紅茶とも呼ばれます。
くまはこれを紅葉茶と分類しています。
古くからイギリスをはじめ、欧米に多くのファンをもつ伝統的な銘柄です。独特の強い香りは、一度味わうと癖になる味わいだと言われています。
詳解
語源と成立 ― 武夷山・星村の起点
正山小種は、武夷山南麓の星村を中心に成立しました。「正山」は武夷本山茶を指し、「外山」(外産地)との差別用語として機能しました。souchong は「小種(小さな品種・下位葉位)」を指す英語音写で、のちに「ラプサン(立山/老樹山など)」と結びついた字義民間説が広まりましたが、語源的には後世の仮説です。本来は茶樹の部位・等級区別に基づく分類語で、固有地名由来ではありません。
製法と燻乾技術 ― なぜ松材が使われたのか
正山小種の核心は 松材(樹脂質を含む針葉樹)による燻乾です。燻煙は
- 含水率の迅速調整(発酵停止・保存安定)
- 抗菌性・防腐性能の付与
- 香りの付加による商品差別化
という三重の効果を持ち、湿潤気候の福建・広東~海上輸送にとって合理的な処置でした。圧縮して輸送された団茶に比べ、小種紅茶は「燻乾+揉捻葉のまま」輸送可能となり、軽量化・梱包簡便化という利点を備えたのです。
海運史と輸出仕様 ― 「海運仕様の茶」としての成立
17世紀後半、中国紅茶がヨーロッパ市場へ入る際の最大課題は、湿気・腐敗・長期輸送でした。
正山小種は、松材燻乾によって (1) 防腐性の確保、(2) 香り保持、(3) 発酵停止と保存性 を実現し、外洋輸送に耐える最初の紅茶フォーマットになりました。この特性は団茶(圧縮・固形)とは異なる「燻乾=軽量化/輸送迅速化型」の回答であり、海運仕様の茶(概念)の代表例となります。
輸送経路は
武夷山 →(内陸搬出)→ 広州 → マカオ/バタヴィア → 喜望峰経由 → 欧州港湾
というルートで、のちの“Bohea tea”(武夷茶一般)として大量流通した。
欧文史料と誤解史 ― “Bohea” との混同
欧文史料では早期に Lapsang Souchong が記録されますが、18世紀以降 “Bohea”(=武夷茶一般を示す商標語)と混同され、次第に「燻乾紅茶」ではなく「低級紅茶」扱いへと意味がずれていきました。
さらに19〜20世紀には、「スモーク=低品質」という価値転倒が起こり、英米市場での評価は一時低迷します。
しかし、歴史的には 「燻乾は欠点ではなく“輸送仕様”に基づく合理処理」 であり、本来の意味と後代の嗜好評価は峻別されるべきです。
現代の位置づけ ― 地理保護と再評価
21世紀以降、正山小種は 原産地保護制度(PGI/中国地理標志製品) によって再定義され、「本山産」と「外山産(仿製)」の差異が再び整理されはじめました。同時に、燻乾しない「清香小種」や、樹齢・樹種による小ロット単品化など、「正山」ブランドの再階層化が進行しています。
🔁 比較・関連・注意点
| 比較対象 | 関係性 |
|---|---|
| 団茶(tuancha) | 圧縮・固形輸送型。燻乾=小種とは輸送思想が異なる。 |
| 祁門紅茶(qimen-hongcha) | 内陸型の近代紅茶。正山小種とは成立目的が異なる。 |
| “Bohea Tea” | 18C欧米文献における武夷茶一般の呼称。狭義の小種と混同注意。 |
🗾日本では
強烈な燻香が日本人の嗜好には合わないとされることが多く、一般的な茶葉の選択肢にはなりにくいです。ただし、個性的な紅茶を求める層には根強い人気があります。
🧸くまの意見では……
くまが飲んでみた感じでは、一煎目より二煎目の方が香りが強くなるし、味も苦みとえぐみが取れておいしくなりました。洗茶が必要と言われることがあるのも納得です。
でも、これって紅茶といわれると極めて疑問があります。中国紅茶というより、スモーキーな香りが特徴の中国茶という方が正確なのではないかと思いました。
あと、もう一つ紅茶とは違うと思ったのが、飲み終わったあとに口が渇くのです。これは中国茶には時々あるけど、紅茶にはない後味(?)なのですよね。
さてこうした飲用感を元に分析していきます。そもそもこのお茶は発酵(酸化)工程を経た完全発酵茶であるため、中国茶の分類で言えば製法としては「紅茶(Black Tea)」です。
でも香りと飲んだ感じで言えば、松の木で燻製することで付与されるスモーキー香が、他の紅茶とはまったく異質です。むしろプーアル茶や燻製烏龍茶などに近い「飲用文化」があり、嗜好もニッチだと思います。特に一煎目より二煎目の方が香りが立つという点も、中国茶的な特徴(茶葉の開き・抽出の変化)を示しています。
他の中国紅茶(キームン、金駿眉など)とも違い、煙香の占める比率が極端に高いとも思います。紅茶の味わい(タンニン、ボディ感、甘み)よりも、「香気体験」に重心があるのは間違いないでしょう。
「苦味とえぐみがとれる二煎目が美味」という評価も、複数煎を前提とした中国茶の文脈に近いです。これらから、味わいと風味構造も「中国茶寄り」といえるでしょう。
つまり、ラプサンスーチョンは“紅茶の技法を用いて作られた、中国茶文化圏のスモークティー”と呼ぶのが最も正確だと思います。

🫖 紅茶文脈での使い方(英和例文)
交易史用(歴史文脈)
英文: Lapsang Souchong was designed as an ocean-ready tea, using pine-smoke drying to survive months of maritime transport.
和訳: ラプサン・スーチョンは、海上輸送に耐える「海運仕様の茶」として設計され、松材による燻乾によって、数か月に及ぶ航海でも品質を維持できるように作られた。
テイスティング用(現代文脈)
英文: Authentic Lapsang Souchong from Wuyi retains resinous pine smoke layered over sweet, fully oxidized leaf.
和訳: 武夷産の真正ラプサン・スーチョンは、甘みのある完熟発酵葉の上に、樹脂質を含む松煙の香りが幾層にも重なる風味を保っている。