第Ⅰ部 紅茶の全体像
第17講

茶の分類と文化をめぐって(2)

読了目安:30分

学習目標

  1. 中国で生まれた六大茶分類が、どのようにして国際規格(ISO)として再構成されたかを理解する。
  2. 分類とは単なる整理ではなく「文化を翻訳する行為」であることを捉える。

3行まとめ

  • 六大茶類は、中国において「自然への介入の度合い」を軸に体系化された文化的分類である
  • ISOはそれを「加工工程」という共通言語に置き換え、国際的な標準として再構成した
  • 分類とは単なる技術ではなく、異なる文化をつなぐための翻訳の仕組みである

この講義の問い

  • なぜ茶の分類は「文化」から「国際標準」へと変わる必要があったのか?

茶を分けることは、自然をどう理解するかを決めることでもある。

第3章 六大分類の誕生

中国茶文化の体系化

茶の分類を考えるとき、まず最初に思い浮かぶのは「緑茶」「紅茶」「烏龍茶」といった言葉です。しかし、この区別が「どのようにして生まれたのか」を知るっている人は意外と少ないです。
それは単なる色や発酵度の違いではなく、数千年におよぶ栽培・加工の経験を整理しようとする、中国の学者たちの試みから始まりました。


1.体系としての「茶」

陳椽の構想

20世紀初頭、中国では近代科学の波が農業にも及び始めていました。茶は古来より生活とともにありましたが、その分類はあくまで経験的なもので、地域ごとに用語も基準も異なっていました。

この曖昧な世界に「科学的秩序」をもたらそうとしたのが、安徽農業大学の陳椽(ちん・てん)です。彼は1930年代から長年にわたり茶葉の形態・化学変化・加工工程を研究し、それらを基に『茶葉分類の理論と実際』をまとめました。

陳椽の革新は、茶の種類を「製造工程の相違」と「酸化・発酵の程度」で整理した点にあります。彼は中国各地の膨大な製法を比較し、すべての茶を六つの型に集約したたのです。
緑茶・白茶・黄茶・青茶・紅茶・黒茶
のちに「六大茶類(liù dà chá lèi)」と呼ばれるこの体系こそ、現代の茶分類の根幹になっているのです。


🧸くまのワンポイント 青茶をめぐる話

青茶という呼称は、国際的にはあまり使われず、英語では一般に oolong tea と呼ばれています。
そのため、「青茶」という言葉自体が使われなくなったように見えることがあります。

しかしこれは、分類が消えたのではなく、言語の違いによって表現が変わっているに過ぎません。中国語圏では現在でも「青茶」は重要な分類概念であり、六大茶の一角を占めています。

ここに見られるのは、茶の分類が単なる科学的整理ではなく、言語と文化に深く結びついた体系であるという事実です。そしてこの「言葉のズレ」こそが、後に国際規格が求められる理由となっていきます。

また、青茶をめぐっては一部の入門的な教材では、白茶を「自然乾燥の茶」、青茶を「加熱処理を伴う茶」として対比する説明も見られます。

しかしこれは、工程の一側面を取り出した見方に過ぎません。実際には、どの茶も最終的には乾燥工程で熱を用いており、違いは「加熱の有無」ではなく、「どの段階でどれだけ人が介入するか」にあります。

茶の分類とは、このように、どの要素を基準にするかによって見え方が変わるものなのです。


2. 六大茶の理論

工程と文化の統合

陳椽は、分類を単なる技術的区分ではなく、文化的な表現とみなしました。つまり「どの段階でどれほど酸化を許すか」が、その土地の美意識を反映していると考えたのです。

たとえば、
緑茶は酵素の働きを熱で止め、自然の香気を保ちます。
白茶は人の手を最小限にし、自然の酸化に任せます。
黄茶は密閉してゆるやかに熟させ、穏やかな香りを得ます。
青茶(烏龍)は葉の縁だけを部分的に酸化させ、香りの調和を追い求めます。
紅茶は酸化を極限まで進め、芳醇な香りと紅い水色を生みだします。
黒茶(後発酵茶)は、乾燥後に再び湿らせて微生物に熟成を委ねるのです。

このように見ると、六大分類とは単なる科学的区分ではなく「自然への介入の度合い」を尺度とする文化の体系でもあることがわかります。人がどの段階で手を止め、どの段階で自然に委ねるか、その判断がそのまま「茶の個性」になるのです。


3.茶の分類と色彩

言葉が示す感覚の地図

興味深いのは、中国語での呼称がすべて「色」を中心にしていることです。緑・白・黄・青・紅・黒、この六色は、茶の見た目ではなく、むしろその香りや感触の印象を示しています。

たとえば紅茶(hóngchá)の「紅」は、水色の明るさを示す言葉であり、英語の“black tea”の「黒」とは正反対の感覚を表しています。
黒茶(hēichá)の「黒」は、熟成による深い色調と香ばしさを指します。
青茶(qīngchá)の「青」は、未熟と成熟のあいだ、生命の中間色でという具合です。

つまり六大分類とは、物理的色彩ではなく、文化的・感覚的な色彩分類で、それが人の味覚と美意識を体系化したものなのだといえます。


4. 国家標準への道

科学と伝統の橋渡し

1950年代、中国政府は農産物の標準化を推進し、陳椽の理論を基礎に「茶葉分類国家標準(GB/T 30757)」を整備しました。この標準は単に品質管理の指針だけではなく、学問としての茶学(tea science)を支える基本文書となりました。

ここで初めて「六大茶類」という言葉が正式に国の文書に記されたのです。この分類は科学的精度を持つ一方で「中国茶文化」という枠組みを世界に提示する文化的象徴にもなったのです。

その後、この体系が国際的に翻訳され、ISO 20715:2023「Tea — Classification of tea types」へと受け継がれることになります。そしてそれは、単なる輸出のための制度ではなく「茶という文化をどう言語化するか」という哲学的試みでもあったのです。

六大分類とは、単に茶の種類を分けるための表ではありません。
それは、人が自然をどう理解し、どう介入し、どこで手を離すか、その思想を可視化した「文化の地図」なのです。

森のくま

第4章 国際規格としての茶

ISO体系と世界の共通言語

六大茶の体系が生まれたとき、茶の分類はまだ中国語で語られていました。しかし20世紀後半、世界の茶産業は貿易・科学・品質管理の時代へ入り、各国で異なる定義や呼称が行われ、しばしば混乱を生みました。

「紅茶とは何か」
中国では“紅(hóng)”、英語では“black”。
「黒茶とは何か」
中国では“hēi chá”、英語では“dark tea”。
同じ茶であっても、色と名が逆転する現象などが起こっていたのです。この言語のねじれを解くために生まれたのが、国際標準化機構(ISO)による茶分類体系でした。


1.標準化という思想

世界をそろえる技術

ISO(International Organization for Standardization)は、1947年に設立された国際機関であり「同じものを同じように測る」ための共通基盤を整備してきました。ネジの太さからデータ通信の形式、そして紅茶の抽出法に至るまで、あらゆる分野で人間の「共有の言語」をつくり出すことを目的としています。

食品分野の茶関連規格は、ISOのTC34(食品)/SC8(茶)という分科会で議論されています。この委員会には中国、インド、スリランカ、ケニア、日本、イギリスなど主要産茶国が参加していて、文化・経済・科学が交差する舞台でもあります。

標準化というのは、単純に「統一すること」ではありません。それは「違いを理解した上で、共有可能な部分だけを明文化する」技術であり、互いに異なる文化が共存するための国際的妥協でもあるのです。


2.茶の標準化の流れ

用語から分類へ

茶の国際標準化は、用語の整理から始まりました。1980年に制定された ISO 6078 “Tea — Vocabulary”1は、茶に関する基本語彙2を定義した最初の国際文書です。
ここには “black tea(紅茶)”、“green tea(緑茶)”、“liquor(水)”、“flavour(香味)” など、茶の科学・官能評価に関する言葉が丁寧に定義されています。

その後、抽出条件を定めた ISO 3103 “Tea — Preparation of liquor for use in sensory tests” 3が制定されて評価の方法が世界共通化されました。
「どの温度で、どれだけの時間、どのような器で抽出するか」
それが国際的に統一されたことで、研究や品質比較が可能になったのです。

そして2023年、ついにISO 20715 “Tea — Classification of tea types” が発行され、用語・抽出法に続く第三の柱として「分類」そのものが標準化されたのです。これは中国の国家標準 GB/T 30757《茶叶分类》を基礎に、世界共通語として英語で再構成したものです。


3.ISO 20715:2023 の構造と目的

ISO 20715 はわずか八頁の文書ですが、内容は精密です。
その目的は明快で以下のように記されています。

“To provide a unified classification of tea types produced from Camellia sinensis for trade, research and education.”
(カメリア・シネンシス由来の茶類を、貿易・研究・教育において統一的に扱うための分類体系を提供すること。)

ISO 20715:2023(参考訳:森のくま)

構成は次のようになっています。

  1. Scope(適用範囲)
  2. Normative references(参照規格)
  3. Terms and definitions(用語と定義)
  4. Principles of classification(分類の原則)

分類の原則では、茶を「加工工程」に基づいて整理することを明示しています。これは、陳椽による六大分類を単に翻訳したものではなく、工程という共通言語に置き換えて再構成したものにほかなりません。緑・白・黄・青(烏龍)・紅・黒という六つのカテゴリーが英語で再定義され、それぞれが製造工程の違いとして説明されます。従来は “unoxidized”、“lightly oxidized”、“semi-oxidized”、“fully oxidized”、“post-fermented” といった酸化の程度で語られることも多かったこれらの分類は、ISOではあくまで工程の違いとして整理されている点に特徴があります。

特筆すべきは、“black tea” が「紅茶」、“dark tea” が「黒茶(後発酵茶)」に対応する点です。この違いは単なる翻訳上の調整ではなく、文化ごとの色の捉え方の違いを反映しています。

すなわち、茶の分類とは、物質そのものではなく、それをどう認識するかという文化の問題でもあるのです。

こうした調整は、異なる文化圏のあいだで共通の言語を作るための試みであると同時に、言葉そのものが文化を翻訳する場でもあることを示しています。

茶の種類工程の違い
緑茶 (Green tea)酵素の働きを初期段階で停止させ、酸化を行わない茶。
白茶 (White tea)殺青や揉捻を行わず、自然萎凋と乾燥によって製造される茶。
黄茶 (Yellow tea)殺青後に「悶黄」4と呼ばれる工程を行い、特有の変化を与えた茶。
烏龍茶 (Oolong tea)萎凋・揺青5などの工程により、部分的な酸化を行った茶。
紅茶 (Black tea)酸化を十分に進行させた茶。
黒茶 (Dark tea)製造後に微生物による発酵を伴う茶。
ISO 20715:2023に基づく茶の定義と6分類

このように、同じ六大茶であっても、「何を基準にするか」によってその姿は変わります。陳椽の体系が「自然への介入の度合い」という視点を持っていたのに対し、ISOはそれを「工程」という形で再構成しました。


4. 国家標準との整合

中国と世界のあいだで

ISO 20715 は、中国の国家標準 GB/T 30757《茶叶分类》との整合を保ちながら制定されました。両者を並べると、定義そのものはほぼ一致しています。違いは「どの目的で使うか」という文脈にあります。

中国の国家標準は、国内の品質管理や教育、行政指導に用いられます。一方ISOは、国境を越える取引・研究・学術交流のための「共通言語」です。したがって、ISOの文体はきわめて中立的で、文化的比喩や地域的表現を避けています。

たとえば“post-fermented tea”という表現は、中国語の「黒茶」を直接訳すことを避けて、科学的に正確で、かつ国際的にも理解しやすい語を採用した結果です。この一語には、文化翻訳の知恵が凝縮されているのです。


5.標準化の意義と限界

ISO 20715 の制定によって、世界の茶は共通の枠組みで語られるようになりました。産地・国境を越えて、研究者や企業が同じ分類語で議論できるようになったということは、科学と貿易の両面で大きな進歩です。

しかし同時に、標準化は多様性を削ぎ落とす危うさもはらんでいます。たとえば、雲南のプーアル茶には“生茶(raw)”と“熟茶(ripe)”という二系統がありますが、ISOではどちらも一括して“dark tea”とされてしまいます。

分類の統一は便利である一方で、地域固有の語彙や味覚の細やかさを見えにくくしてしまう好例です。

それでも、共通の分類語があることの意義は大きいのです。それは人と人とが異なる文化のあいだで「同じ茶」を語るための橋となるからです。

標準化とは、違いを消すことではなく、違いを理解するための共通の地図を描くことなのです。

森のくま

6. 世界が同じ言葉で茶を語る時代に

六大分類が文化の産物なら、ISO体系は文明の産物と言えるでしょう。
前者が土地と人の感覚から生まれたとするなら、後者は言語と制度によって世界をつなごうとする試みであるといえます。

茶がかつて「道」であったように、いまやそれは「共通語」となりました。
その言葉の背後には、科学と文化、そして人が自然をどう定義するかという思想が息づいているのです。

茶を分類することは、茶を理解すること。
そして分類という秩序の向こう側に、なお息づく多様な香りと色を感じ取ること。
それが、国際規格という名の「静かな対話」なのです。

森のくま
  1. ISO 6078:1982「紅茶用語集」日本語ガイド:ISO 6078は「紅茶に関する用語」の規格です。翻訳が許可されていないので、当サイトでは「ガイド」を作りました。
  2. ISO 6078掲載の用語に参考訳を付けた用語集です。
  3. ISO 3103(標準紅茶抽出法)についての解説。
  4. 茶葉を殺青し揉んだ後、高温多湿な環境(紙や箱)に数時間~数日間放置し、軽度の酸化を促す技術です。
  5. 萎凋した茶葉を竹籠などで揺り動かし、摩擦で傷をつけながら酸化を促進する作業です。

森のくまのひとこと

茶の分類は、自然を分けるものではない。

人がどこで手を入れ、どこで手を離すかを示す地図である。

そしてその地図が、世界をつなぎはじめている。

今日のポイント

  • 分類とは「正解」ではなく、「切り方」である
  • 分類とは「文化を共有するための言語」である
  • 茶の分類とは、自然をどう理解し、世界とどう共有するかの思想である