第25講 / å…š66講
珟圚の郚 第Ⅰ郚 玅茶の党䜓像
å…š6郚構成
  • 第Ⅰ郚 玅茶の党䜓像 今ここ
  • 第Ⅱ郚 玅茶の遞び方
  • 第Ⅲ郚 玅茶の味わい方
  • 第Ⅳ郚 玅茶の淹れ方
  • 第⅀郚 玅茶の道具
  • 第Ⅵ郚 玅茶の文化ず未来
この郚の講矩
  1. 第1講 神蟲ず「茶」のはじたり
  2. 第2講 呚・挢・唐ず海
  3. 第3講 海を枡る葉
  4. 第4講 茶葉ず垝囜ず「午埌の習慣」
  5. 第5講 アヘン戊争ず「垝囜が創った産地」
  6. 第6講 20䞖玀ず玅茶ず囜家
  7. 第7講 玅茶の近代ずグロヌバル化
  8. 第8講 玅茶ずデザむン様匏
  9. 第9講 玅茶ずデザむン様匏
  10. 第10講 玅茶ず物語䞖界 文孊ず玅茶
  11. 第11講 玅茶ず物語䞖界 絵画・舞台・挫画ず玅茶
  12. 第12講 玅茶ず物語䞖界 映像文化ず玅茶
  13. 第13講 玅茶の䞉぀の顔
  14. 第14講 AIず玅茶
  15. 第15講 日本ず玅茶
  16. 第16講 茶の分類ず文化をめぐっお
  17. 第17講 茶の分類ず文化をめぐっお
  18. 第18講 茶の分類ず文化をめぐっお
  19. 第19講 茶の分類ず文化をめぐっお
  20. 第20講 玅茶ができるたで
  21. 第21講 各囜の玅茶の飲み方
  22. 第22講 各囜の玅茶の飲み方
  23. 第23講 各囜の玅茶の飲み方
  24. 第24講 各囜の玅茶の飲み方
  25. 第25講 各囜の玅茶の飲み方䞭東の銙り文化 今ここ
第Ⅰ郚 玅茶の党䜓像
第25講

各囜の玅茶の飲み方䞭東の銙り文化

読了目安40分

孊習目暙

  1. 茶が「物」ではなく「構造」であるこずを理解する
  2. 茶が特定の堎所に存圚するのではなく、関係の䞭に珟れるこずを捉える
  3. 茶を芋るのではなく、「茶を通しお䞖界を芋る」ずいう芖点を埗る

3行たずめ

  • 茶は葉ではない
  • 茶は単䜓では存圚しない
  • 茶は関係の䞭に珟れる構造である

この講矩の問い

  • 茶は、どこに存圚しおいるのか

ここたで、私たちは茶を分け、敎理し、理解しおきたした。

けれど、ふず思うのです。

私たちは、いったい䜕を飲んでいるのでしょうか

茶葉でしょうか

それずも、色でしょうか

もしかするず、私たちは銙りを飲んでいるのかもしれたせん。

では、その「銙り」はどこにあるのでしょうか

はじめに

🍂玅茶文化いろいろ

前回、前々回ずみおきたように、同じ玅茶でもその飲み方はかなり違いがありたす。今回はくたの思い出話も含めお、䞭東の䞀郚の玅茶文化のお話をしたいず思いたす。玅茶文化ずいっおも、玅茶ずコヌヒヌの関係など「玅茶ず䜕か」の話になっおいるので、今たでずは少し毛色の倉わった回になるず思いたすが、お぀きあいください。

くたの思い出話

いきなり玅茶ずは関係のない話をしたす。でも、この銙りの文化の話のために必芁な「くたの思い出話」なので、良ければお付き合いください。


🧔🏻‍♂ある男性ずの出䌚い

くたがサりゞアラビアに滞圚しおいた頃のこず。
くたず友人が地元の食堂で食事をしおいるず、䞀人の、どこか薄汚れた颚貌の男性があちこちの垭の人に䜕か声をかけおは远い払われるように次のテヌブルぞず動いおいたした。やがお圌がくたたちの垭に近づいおきお、空いおいた怅子に腰を䞋ろし、そのたた話しかけおきたした。

早口で、えらく蚛っおいたので现郚はうたく聞き取れたせんでしたけど、ようするに蚀わんずしおいるこずは

「䜕かおごっおくれ」

ずいうこずでした。最初は、

「䞍案内な倖囜人に、ちょっずたかっおきたのかな」

ずいう雰囲気にも芋えたしたが、よくよく話しおみるず、悪い人ではなさそうでした。むしろ、劙に憎めない感じです。

友人がくたに軜く目配せをするず、
「奜きなものを頌んでください。ただ、私たちにも矎味しいものを䞀品頌んでくださいね」
ず声をかけたした。

するず、圌は遠慮なく自分甚に軜く二人前ほどの料理を泚文し、くた達にも䞀品ず぀料理を頌んでくれたした。


🚢船が぀かない

食事をしながら話を聞くず、圌はどうやら貿易商だずのこずでした。

しかし、予定の船が遅れ、支払いばかり先に発生しおしたい、家族の食費にも困るほど資金が尜きたずいう話でした。

圌には劻が二人、子どもが四人。
その党員を食べさせるため、日雇い劎働でなんずか凌いでいる状況だったそうです。

「家族にお腹いっぱい食べさせるず、自分の食べ物がなくなる。だから“倖で食べおきた”ず蚀っお、皆が食べるのを眺めるんだ」

どこか蚛りの匷い話し方で、现郚は聞き取れなかったのですが、話の倧筋は理解できたした。

するず友人が、
「明日もここで䌚いたしょう」
ず声をかけた。

そのずきの圌の衚情、驚きず喜びが䞀床に走り、そのあずに浮かんだ、ずおも玠盎な笑顔。その顔は今でも蚘憶に残っおいたす。


💰アルバむト

こうしお、くたず友人、そしお圌の䞉人で倕食を取る日々が続いおいたした。今考えおみるずかなり異様な光景だったず思いたす。だっお、地元の人しか来ないような食堂に日本人ずドむツ人ずアラブ人の3人が怪しいアラビア語で話しながら毎日倕食をずっおいる、ずいう光景です。今思えば、あれはかなり呚囲から浮いおいたず思いたす。

五日目のこず。
圌は突然、深刻な顔で、そしおすぐにずおもうれしそうな笑顔になっお蚀いたした。

「䞉日埌に船が着く。本圓にありがずう。もしよかったら  船が着いたら、荷物怜査の仕事を数日手䌝っおくれないかぜひお瀌がしたい。」

特に予定もなく、䜕事も経隓だず思ったのでその話を受けるこずにしたした。

䞉日埌、本圓に船が入枯しおきたした。しかも結構倧きな船でした。
その時は圌もしっかりした栌奜で別人かず思うほど嚁厳がありたした。その時くたず友人は正盎なずころ、
「圌の話は本圓だったんだ  」
ず思ったのを芚えおいたす。

䜜業は、荷物の個数を数えお台垳に蚘録するだけの簡単な仕事でしたが、芋たこずもない品物を数倚く扱えお、ずおも興味深かったです。

そしお䜕より驚いたのは、日時間くらいの楜な仕事なのに、その日絊が今の日本円で25,000円ほどになったこずでした。圓時のその地域での䞀般的な肉䜓劎働の日絊が今の日本円で7,0008,000円だったので砎栌です。

その日の䜜業が終わるず、今床は圌の家に招かれたした。食事をごちそうになり、そしお、ここからが、今回の栞心ずなるのです。

ある䞀杯の蚘憶

🍗倕食の埌に

仕事を終え、くたたちは圌の家ぞ案内されたした。かなり立掟な家で、䞁寧に掃き枅められおおり、玄関先には砂挠の颚に也いた垃が揺れおいたした。圌が実は盞圓なやり手の貿易商で、たたたた䞍幞が重なった時に出䌚ったのだずいうこずを実感したした。

通された食堂には珍しい眮物が眮かれ、倧きな絵が壁に掛けられおいたした。䞭倮に立掟で倧きなテヌブルがあり、圌の垭の䞡脇の垭を進められたした。䟋の堎末の食堂でのなじみの「くたたちのポゞション」でした。

倕食は䞀芋玠朎な肉料理でしたが、矊肉、牛肉、鶏肉などが倧皿に盛られ、家族の子どもたちがにぎやかに皿を運び、奥さんたちは埮笑んでいたした。食べたこずがないスパむスが䜿われたずおもおいしいものでした。

そしお食事が終わるず、圌はひず぀のトレむを運んできたした。銀色の小皿の䞊には、砕かれた「䜕か」が眮かれおいたす。色は乳癜色か薄い黄金色。少し薄暗い宀内で劙に茝いお芋えたした。その暪に、湯気を立おるコヌヒヌが䞊んでいたした。

圌はコヌヒヌにトレむの䞊の「䜕か」を䞀぀たみづ぀入れお、くたたちに勧めおきたした。

底沈んでいたのは小さな暹脂の粒でした。䜕ずも蚀えない、銙りの深い䞀杯でした。熱いコヌヒヌの䞭で乳銙や安息銙はゆっくりず溶け、焚いた時ずは異なる「静かな甘さ」ず「神聖な銙り」を攟っおいたした。味だけでいえば少し重かったです。しかし、その銙りは圧倒的でした。


🏚二日目の倉化

翌日も倕食に招かれたしたが、案内されたのは前日ずはたったく違う郚屋でした。现い廊䞋を抜けお入ったその空間は、空気からしお別䞖界でした。

乳銙フランキンセンスず安息銙が長幎焚かれ続けた郚屋。
絚毯、壁、クッション  
あらゆる繊維に銙りが沁み蟌み、郚屋そのものが静かな銙炉のようでした。

ここにはテヌブルも怅子もなく、柔らかな絚毯が敷かれ、みんなで円く座るためのクッションが眮かれおいたした。そしおその䞭倮には倧皿が眮かれおいたした。

アラブの家では、どの郚屋に通されるかがもおなしの深床を瀺したす。
初日はずおも立掟な「公匏の客間」。
二日目以降はずおも暖かい「家族の郚屋」。
圌は䜕も蚀わず、郚屋を倉えるこずでくたたちを瀌節を持っお、さらに「内偎」ぞず迎え入れおくれたのでした。

乳銙フランキンセンスの写真
乳銙フランキンセンス出兞Peter Presslein / 出兞URL / CC BY-SA 3.0

⭕カブサず同じ円

その日の料理の䞭心は、倧皿いっぱいのカブサ[efn_note]カブサكؚسة kabsa / kabsehは発音蚘号では /ˈkab.sa/ になりたす。だからカタカナで曞くず文䞭衚蚘のように「カブサ」になりたす。しかし、くたはこの原皿を曞くたで「カプサ」だず思っおいたした。実はアラビア語の bؚ は環境によっお「b」ず「pの䞭間」みたいな音になりたす。特に早口、方蚀、日垞䌚話だずkabsa → kapsa に聞こえるこずがありたす。サりゞ暙準語はカブサ寄りですが、くたがいた南郚・地方ではカプサ寄りに聞こえるこずあるずいうこずだったようです。[/efn_note]でした。カブサずいうのはスパむスのきいた炊き蟌みご飯の䞊に、さらにスパむスのきいた肉が乗っおいる料理です。

そしお、その食べ方も倉わっおいたした。それたでにレストランなどで食べたこずのあるカブサにはスプヌンが添えられおいたしたが、そこでは手で食べる方匏でした。でも、ずおもおいしかったです。

䞭東では「手で食べる」は信頌の蚌であり、家族の䜜法なのだそうです。

右手で米を寄せ、軜く握り、口ぞ運ぶ。くたず友人も自然にそれに倣い、芋様芋真䌌で絚毯の䞊で円を描きながら食事をしたした。

今思えば、その円こそが、圌の家族の茪に「入れおもらった蚌」だったのです。

サりゞアラビアの料理のカブサの写真
カブサ出兞Basel15 / 出兞URL / Public Domain

🫖食埌の玅茶

食埌には前日のコヌヒヌではなく、玅茶が出されたした。圌は圓たり前のように、コヌヒヌの時ず同じように玅茶に「ひず぀たみ」を入れおから、くたたちに勧めおくれたした。コヌヒヌよりも軜やかで、熱湯の䞭で溶ける暹脂の銙りがより繊现に感じられたした。

どちらも日本の感芚では少し驚きたす。実際驚きたした。味だけを蚀えば、たしかに「入れないほうがおいしい」のかもしれたせん。けれど、その銙りの奥には、砂挠を枡っおきた長い歎史ず「最高のおもおなし」ずいう、人の気持ちが宿っおいるのを感じずにはいられたせんでした。

初日はコヌヒヌ、二日目に玅茶。

䞭東の䞀郚に残る「もおなしの順序」を思わせるその流れに、くたず友人はようやく気が぀きたした。

「たずコヌヒヌで、家の銙りを分かち、次に玅茶で、芪しみを深める。」

その共通の意味を、圌は蚀葉にはしたせんでしたが、その銙りがすべおを語っおいたした。

順番の持぀意味

☕アラビアコヌヒヌは「扉を開く飲み物」である

䞭東では、最初のもおなしはコヌヒヌず決たっおいる地域が倚いらしいです。それは単なる習慣ではなく、圌らの䞖界における「来蚪者を迎える儀匏」に近い意味を持っおいるのです。

アラビアコヌヒヌカフワは、深煎りではなく、薄い金色をした、ほのかにスパむスをたずった独特の飲み物です。

客が来るず、たずはこのガフワを出したす。それは぀たり、
「あなたを歓迎しおいる」
ずいう最初のメッセヌゞなのです。

コヌヒヌは家の敷居に最も近い堎所にあるずもいえたす。客はたずそれを飲みながら、その家の空気や距離感を枬り、䌚話がゆっくりず始たるのです。この゚リアで、コヌヒヌは「扉を開く飲み物」なのです。

アラビアコヌヒヌ甚のポットのダッラヌず持ち手のないカップの写真。
アラビアコヌヒヌ甚のポットのダッラヌず持ち手のないカップ。出兞Canbel / 出兞URL / CC BY-SA 4.0

🫖玅茶は「関係が䞀歩深たった蚌」

そしお、その次に出されるのが玅茶です。コヌヒヌが「倖偎の儀瀌」だずすれば、玅茶は「内偎の芪愛」を意味するずいえたす。

玅茶は、家族や友人が長く話すずきに遞ばれる飲み物です。より柔らかく、より自由で、コヌヒヌよりも䌚話の時間が自然に長くなるからです。玅茶が出されたずき、客は気づくのです。

「この家の内偎に、少しだけ足を螏み入れたのだ」 ず。

぀たり、玅茶は「もう少し話を続けよう」ずいう心の衚珟でもあるのです。

埌から知ったこずですが、くたが䜓隓した
「初日はコヌヒヌ、二日目に玅茶」ずいう順序は、たさにこの文化構造にそのたた重なっおいたのです。

圌は最初の日に、旅人ずしおのくたず友人を迎えた歓迎の印だったのです。そしおそこで最倧限の瀌節を瀺しおくれたのです。

そしお翌日、䞀緒に時間を過ごしたこずを喜び、もっず深い芪しさを蟌めお玅茶を出しおくれたのでしょう。間違いなく芪愛ず信頌の印だったのです。


🍯コヌヒヌず玅茶に暹脂を入れる意味

䞭東ではコヌヒヌにも玅茶にも、乳銙や安息銙などを入れるこずがありたす。これは、銙りを「飲む」ずいう文化の䞀郚であるず同時に、銙りそのものがもおなしの䞭心にあるこずを瀺しおいたす。そしおそれは「客人に最倧限の敬意を瀺す」方法だったのです。

コヌヒヌに入れれば、客を迎える銙りになりたす。
玅茶に入れれば、語らいの銙りになるのです。

銙りは飲み物の倖偎にあるのではなく、もおなしの栞にあるのです。䞭東の家にずっお銙りは、蚀葉よりも早く、食べ物よりも正盎に「その家の心」を衚しおしたうものなのです。

埌で知ったこずですが、あれはその地域でできる「最高のおもおなし」だったのです。砂挠の暮らしでは、銙りは枅めであり、祈りであり、尊敬のしるしでもありたす。だから、その最も䟡倀のある銙りを茶に入れお添えるずいうこずは「あなたを心から歓迎しおいたす」ずいう無蚀の蚀葉だったのです。

味の奜みずは別のずころで、文化は人から人ぞず手枡されおいくのです。あの時、圌は自分の持おる最高のものを惜しむこずなく差し出しおくれおいたのです。

あの䞀杯の䞭にあったのは、乳銙や安息銙の甘い銙りず、その人が瀺しおくれた、小さな誇りず瀌節だったのです。

䞭東のレゞン文化ず「もおなし」の深局

☕「銙りを飲む」文化

さお、玅茶やコヌヒヌには、䞖界のどこでも「その土地ならでは」の飲み方がありたす。しかし、䞭東の䞀郚には、それらずはたったく異なる系統の飲み方、䞀蚀でいえば「銙りを飲む」文化が存圚したす。くたが䜓隓したのもそれにあたりたす。

特に、サりゞアラビア南郚やオマヌン、む゚メン、UAEなどのアラビア半島特に南郚・玅海沿岞文化圏の地域では、玅茶やコヌヒヌに乳銙Frankincenseフランキンセンス、安息銙Benzoinベンゟむン、没薬Myrrhミラずいった倩然暹脂を现かく砕いお加えるこずがありたす。これは単なる嗜奜ではなく、その土地の宗教・歎史・瀟䌚構造が重ね合わせた、深い文化の衚れなのです。

サりゞアラビア南郚やオマヌン、む゚メン、UAEがあるアラビア半島南郚の地図
アラビア半島南郚地図出兞撮圱森のくた / © Tea World, 2026

🌿乳銙Frankincenseに぀いお

䞭東の飲み物文化を理解するには、䟋えば先ほど挙げた、乳銙フランキンセンスがいかに「特別な物質」であるかを少しだけ抌さえおおく必芁がありたす。

乳銙は䞀幎䞭採集できたすが、最も銙りがのる季節は月月で、空気が也き、砂挠の颚が吹くころ、暹皮に切れ目を入れるず、透明な涙のような暹脂が滲み出たす。砂挠に近いほど朚が也き、暹脂はゆっくりず濃瞮され、質が高くなるず蚀われおいたす。

この採集䜜業は、誰でもできるものではありたせん。叀くから産地では限られた家系や郚族の人だけが採集を蚱されるずいう慣習があり、それは今も倉わりたせん。圌らは「マンカフ」ず呌ばれる平べったい専甚のナむフを䜿い、䞹念に暹脂を集めたす。

乳銙には倧たかに四぀の品質階局がありたす。

  1. アル・ホゞャリ
    乳癜色に近く、銙りは柄み、甘く、透明床が高いものです。「最䞊質品」でなかなか手に入らないものです。
  2. ナゞェディ
    高原地垯の産で銙りが匷く、宗教儀瀌でも甚いられたす。䞀般的に「高玚品」ずされるのはこれです。
  3. アシャズリ
    山ず砂挠の䞭間地垯で採れる、玠朎でスモヌキヌな銙りのもので「䞊玚品」ずされたす。
  4. アゞャビ
    日垞䜿いの暹脂で、家庭でよく焚かれるものはこれです。日本のハヌブ屋さんで売っおいるもののほずんどがこれです。

🔥レゞンずいう「銙りの宝物」

このように乳銙や安息銙などのレゞンは、野生の朚の暹皮からにじみ出る倩然暹脂で、叀代から特別なものずしお扱われ、以䞋のような甚途がありたした。

  • 神殿で焚く銙り
  • 聖曞・むスラム圏での儀匏
  • 治療・浄化
  • 高玚銙料

぀たり、暹脂神聖で䟡倀のある銙りずいう䜍眮づけなのです。

唯䞀無二の銙り

🕌あの時の銙り

それから数幎しお、くたは日本でハヌブを扱う仕事を始めたした。必然、乳銙や安息銙などを手に取る機䌚が増えたしたし、品質を芋極める蚓緎もされたした。

ナゞェディ、アシャズリ、アゞャビ、䞭東で䞀般的に流通する暹脂の銙りは、品䜍はあるものの、どこか玠朎で、火で焚いたずきの銙りが䞭心にありたす。

しかし、あの倜の銙りは違っおいたした。

軜く、柄みきっおいお、広がりがあっお、雑味が䞀切ありたせんでした。

䞀床だけ、偶然手に入ったナゞェディであの時の銙りを再珟しようずしたこずがありたしたが、結果は党く違うものでした。

考えれば考えるほど、あれはアル・ホゞャリの䞭でも特に最䞊質のアル・ホゞャリだったず思うのです。貿易商の圌だからこそ手に入れるこずができた、特別なものだったのでしょう。

「本圓に良いものは本圓に倧切な客ぞ」

ずいう文化が、䞭東では培底しおいるずいいたす。圌は、あの時、自宅にあった最高品質の乳銙を、迷いなく、そしお惜しげもなくくたたちに䜿っおくれたのだず、改めお思い知ったのです。

玅茶ずコヌヒヌず暹脂

🐫䞉぀の芁玠が「偶然ではなく必然」ずしお出䌚った文化

以䞊がくたが経隓した「銙りを飲む䜓隓」でした。ずころで䞭東で生たれたこの飲み方は、実は以䞋の䞉぀の物語の亀点にありたす。最埌にそれをたずめおおきたいず思いたす。


🏺暹脂乳銙・安息銙 銙料亀易ず宗教の歎史

暹脂は銙りは「聖」「浄」「祈り」の象城で、3,000幎以䞊前から「神に捧げる銙り」ずされおきたした。叀代アラビアの䞻芁茞出品で、゚ゞプトなどに茞出されおいたした。その䟡倀は非垞に圓時から高く、乳銙は金より高かった時代もあるほどです。぀たり、暹脂は最初から文化の䞭心にあったのです。


☕コヌヒヌ アラビア半島発の「もおなし」の飲み物

16䞖玀に䞖界ぞ広がる前、コヌヒヌの䞭心地はむ゚メン呚蟺でした。そしお家に来た客ぞ真っ先に差し出す「歓迎の印」だったのです。そこでガフワアラビアコヌヒヌは儀瀌の起点でした。぀たり、先に觊れたようにコヌヒヌは「扉を開く飲み物」ずしおの䌝統を持っおいたのです。


🫖玅茶 むギリス垝囜を経お「家庭の語らい」ずしお取り蟌たれた飲み物

玅海沿岞に英領の圱響で玅茶が普及したした。コヌヒヌより軜く、長く話すずきに向く玅茶は家族や芪しい客に出される「内偎の飲み物」ずしお定着しおいきたす。぀たり、玅茶は「関係が䞀歩深たった印」ずなったのです。


🌌そしお暹脂が「銙りの橋」になる

コヌヒヌは儀瀌の䞭心。
玅茶は芪密さの䞭心。
そしお暹脂は宗教ず銙りの䞭心。

この䞉぀は圹割が異なるのに、銙りずいう䞀点で芋事に融合しおいたす。

銙りは祈り
銙りは浄め
銙りは家族の誇り
銙りはもおなし
銙りは客ぞの最倧の敬意

䞭東では、飲み物よりも銙りのほうが文化の䞭栞にあるからこそ、暹脂はコヌヒヌにも玅茶にも自然に入ったのです。だから玅茶ずコヌヒヌず暹脂ずいう組み合わせは、䞭東ずいう倧地でしか生たれなかった「文化の奇跡」なのです。

宗教、亀易路、気候、瀟䌚構造、家族芳、もおなしの粟神、これらのすべおが重なっお、䞀杯の飲み物に凝瞮されおいるのです。これが䞖界の茶文化における䞭東の独自の䜍眮なのです。

🧞おわりに

これを曞きながら「今思えば」があたりに倚いこずに改めお気が付きたした。もっずも、くたたちをもおなしおくれた貿易商の圌はくたたちが文化や䌝統をほずんど知らないのを承知の䞊で圌のできる最倧限のものをくれたした。

「同じ釜の飯を食う」ずいう蚀葉がありたす。䞀緒に食事をずり続けるこずは人を他人ではなくしたす。奇劙な䞉人が堎末の食堂で過ごした日々、それは十日間だけの「家族」だったのかもしれたせん。

食堂で始たった奇劙な䞉人の倕食䌚は、銙りの郚屋でのカプサずマンディぞず倉わり、さらに圌の本圓の家族を加えた「小さな家族」になったのです。

文化も宗教も蚀語も違う。
それでも、食卓は人を家族にしおしたうこずがあるのです。

そしおそこには「特別な銙り」が添えられおいたした。

茶はそこにあるのではありたせん。
関係の䞭に、ふず珟れるものです。

だから私たちは、茶葉を飲んでいるのではありたせん。

銙りを飲んでいるのです。


これはもうずいぶん前の話ですから、圌ももう珟圹はずっくに匕退しおいるでしょう。あの時、くたず友人の間を行ったり来たりしおはしゃいでいた、圌の䞀番䞋の男の子も、もう立掟な倧人になっおいるでしょう。

でももし圓時、今ず同じ知識があったら  
くたはどこかできっず感動しお泣いおしたっおいたず思いたす。

📌脚泚

森のくたのひずこず

今回はくたの䜓隓を䟋にしお䞭東の銙り文化をご玹介したした。

日本人にずっお「銙りを飲む文化」ずいうのはあたりなじみがないず思いたす。

でもそれは知らないのはもったいない文化でもありたす。

そしおこれは玅茶にも蚀えたす。

私たちはもっず「銙り」に敏感になり意識を向けるべきなのかもしれたせん。

今日のポむント

  • 茶は「どこか」にあるものではない
  • 茶は、芁玠が぀ながったずきに珟れる
  • 私たちは、茶葉ではなく「銙り」を飲んでいる
  • 茶は察象ではなく、䞖界を芋るためのレンズである