茶の分類と文化をめぐって(1)
学習目標
- 茶の違いが「単一の要因」ではなく、複数の層(自然・人・文化・環境)によって生まれることを理解する
- 「変種(variety)・品種(cultivar)・クローン(clone)・実生(seedling)」の違いを整理する
- 「酸化」と「発酵」の違いを区別し、それが茶の分類にどう関わるかを把握する
3行まとめ
- 茶の個性は、自然・人・文化・環境という複数の層が重なって生まれる
- 「発酵」と呼ばれてきたものの多くは、実際には酸化である
- この違いをどう整理するかが、茶の分類の出発点となる
この講義の問い
- なぜ、人は茶を「分類」しなければならなかったのか?
お茶は一つの植物から生まれますが、その味わいは驚くほど多様です。
その違いはどこから来るのでしょうか。少しずつ、ひもといてまいりましょう。
はじめに
お茶とは何か
「お茶」という言葉は、単純なようでいて、多くの意味を抱えています。例えば日本語で「お茶」と言えば、ほとんどの場合は緑茶を指します。でも、英語の tea、中国語の「茶(chá)」、ロシア語の「чай(chai)」は、どれも同じ音を保ちながら、異なる文化を背負って旅をしてきた言葉です。
東方においては陸路を経た「チャ」系の発音が広まり、西方においては港町アモイ(厦門)から海を渡った「ティー」系が広まりました。言葉の分岐は、すなわち交易の分岐であり、茶そのものが世界をつなぐ媒介となった証でもあるのです。
神農伝説によれば、茶は「七十二の毒を試みた王」の命を救う植物でした。
陸羽の『茶経』(8世紀)は、その薬草を「文化」として体系化した最初の書です。茶は単なる飲み物ではなく、人が自然と対話し、社会をつくり、精神を耕すための媒体だったのです。
ここで扱うのは、まさにその「媒介としての茶」です。茶を植物として、科学として、そして思想として見つめ直すことで、お茶という存在が、いかに人間の文化と歩調を合わせてきたかを探っていきたいと思います。
一杯の茶の背後には、地球規模の分類体系と、個人の静けさが同居しているのです。
森のくま
第1章 植物としての茶
茶の違いについて
茶の違いは、一見すると複雑に見えますが、実は大きく三つの層で生まれています。
すなわち、「自然の違い」「人の選択」「育て方の文化」です。
自然の違い(変種)
茶の木 “Camellia sinensis(カメリア・シネンシス)” はツバキ属に属する常緑樹で、ツバキやサザンカの親戚にあたります。そして、その中には二つの主要な変種があります。
一つは、中国の冷涼な山地に適した var. sinensis(シネンシス種)で、もう一つは、インド・アッサム地方の高温多湿な環境で育つ var. assamica(アッサミカ種)です。
前者は葉が小さく、香り高く、繊細な風味を持っています。後者は葉が大きく、力強い味わいと厚みのある水色をもたらします。この二つが、世界中の紅茶・緑茶・烏龍茶などの基礎を成しています。
これらは人が作ったものではなく、自然環境の中で形成された違いです。
人の選択(品種と繁殖)
しかし実際の茶園では、これらの変種は交雑し、多様な系統が生まれています。
そこで人は、望ましい特徴を持つ個体を選び、「品種(cultivar)」として固定してきました。品種で有名なものには日本の茶園面積の約70〜80%(約75%とも)を占める圧倒的シェアを持つ代表的な茶品種である「やぶきた」やべにほまれ(アッサム系実生選抜)と枕Cd86(ダージリン在来)を交配した紅茶用品種の「べにふうき」などがあります。
この時、繁殖方法には二つがあります。
種から育てる「実生」と、同一個体を挿し木で増やす「クローン(clone)」です。
実生は多様性を生みますが、品質はばらつきます。
一方クローンは均一な品質を保つことができます。
育て方の文化(樹形)
さらに、茶の姿そのものも人の手によって変わります。
自然のまま大きく育つ「喬木型」と、剪定によって低く保たれる「灌木型」です。
喬木型は樹齢数百年に及ぶ古樹茶(gushu cha)に見られ、人が茶を「採る」文化を象徴しています。それに対して、灌木型は剪定を繰り返して均一に育てる栽培型で、人が茶を「育てる」文化を象徴しています。
つまり茶園の形そのものが、その土地の労働観と美意識を語っているのです。
このように、茶の個性は自然(変種)、人の選択(品種と繁殖)、そして育て方(樹形)という三つの層が重なって生まれています。
産地
そしてもう一つ、忘れてはならない要素があります。
これに加えて、茶樹は環境によって性格を変えます。標高が上がれば気温が下がり、発育が遅くなる代わりに、芳香成分がゆっくりと蓄積され、香り豊かな「高山茶」となります。南国の平地では、生育が早く、渋みの強い力強い味を生みます。その土地の気候・水・光が、まるで人格のように味を形づくるのです。
茶は、植物である前に「文化を映す鏡」です。
森のくま
その葉の形と香りは、土地の記憶と人の手の温度を宿しているのです。
第2章 発酵という文化と科学
酸化をめぐる誤解
「茶は発酵食品である」とよく言われます。しかし、これは正確には半分だけ正しく、半分間違っています。
この誤解の原因は、酸化という現象を「発酵」と呼んできたことにあります。まだ、酸化が分かっていなかった時代に、酸化して茶葉が変化していくのを「発酵」と呼んでいたのです。のちに発酵が微生物によるもので、茶の変化は酸化だとわかってからも、慣習として茶の酸化を発酵と呼んでいるのです。現在、国際的には「酸化(oxidation)」が一般的になってきていて、「発酵(Fermentation)」は使われなくなってきています。しかし、日本では大正〜昭和初期の製茶技術書で「発酵」と書かれていたのを引き継いでいて、今でも法律用語として「発酵」を用いています。だから日本では正式な用語として「発酵」がまだ使われているのです。これが余計に混乱を招いているのです。
このように、茶における「発酵」という言葉には、二つの異なるプロセスが含まれているのです。この二つについて整理しましょう。
酸化(紅茶・烏龍茶)
紅茶や烏龍茶における「発酵」は、実際には酵素的酸化(oxidation)を指しています。
茶葉中のポリフェノールが酸素と反応し、カテキンがテアフラビンやテアルビジンへと変化していく過程、それが色と香りを生み出す化学反応なのです。
同じ茶の葉が緑茶になったり烏龍茶になったり、あるいは紅茶になったりするのは、この酸化の違いによるものです。
この違いを制御するために、人は三つの工程を編み出しました。
殺青(さっせい):加熱により酵素の働きを止める。
揉捻(じゅうねん):葉を揉み、細胞を壊して酸化を促す。
乾燥(かんそう):熱風で水分を除き、香りを固定する。
これらをどの順に、どの強さで行うかが、緑茶・紅茶・烏龍茶などの性格を決定します。
発酵は単なる化学反応ではありません。それは「自然にどこまで介入するか」という文化の選択なのです。中国では発酵を「生命の循環」として尊び、日本では発酵を「清浄と調和」の象徴とみなし、西洋では fermentation を「腐敗との境界線」として恐れとともに語りました。
発酵(黒茶)
一方、プーアル茶や六堡茶のような黒茶(後発酵茶)では、乾燥後に再び湿度を与え、微生物による真の発酵(microbial fermentation)が行われます。
菌や乳酸菌が茶葉を分解し、まろやかな熟成香をつくるのです。
つまり「酸化」と厳密な意味での「発酵」は、似て非なる二つのプロセスなのです。
茶は、酸化と発酵のあいだに立つ文化である。
森のくま
酵素を止めることも、菌に委ねることも、
どちらも人間が自然と交わす「対話」の形なのです。
🧸くまのワンポイント
紅茶といえば、日本にも紅茶の日があります。各国の紅茶の日を簡単にまとめてみました。
| 国 | 日付 | 性質 | 本質 |
|---|---|---|---|
| イギリス | 4/21 | イベント | 体験・観光 |
| 日本 | 11/1 | 歴史 | 起点の記憶 |
| 国際(インドなど) | 5/21 | 社会 | 産業・労働 |
| 中国 | なし | 文化 | 日常そのもの |
今日のポイント
- 茶はひとつの基準で分けられるものではない
森のくまのひとこと
今回は茶の正体(植物・品種・酸化)についてまとめた回でした。
次回からはこれをベースに話が進みます。