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第1章 植民地時代の品質管理制度と紅茶貿易
19世紀から20世紀初頭にかけて、紅茶は大英帝国の世界戦略において重要な輸出商品となり、それとともに「品質管理制度」も植民地経済の中で制度化されていきました。
☕ 茶葉の価値を決める「規格」という思想
インドやセイロン(現スリランカ)で紅茶生産が拡大する中、イギリス本国の茶商たちは、「見た目・香り・抽出色・異物混入の有無」など、一定の基準を設けて製品評価を行うようになります。これらはのちの ISO 3720(紅茶の国際規格) や BS(British Standards) の原型とも言えるものでした。
こうした基準は単なる取引上の利便性だけでなく、植民地経済における等級制度や、競売での価格決定に直接影響を与えるものでした。
🏷️ 英国式品質評価の広がり
ロンドン茶市場(London Tea Auction)では、紅茶が「BOP(ブロークン・オレンジ・ペコー)」「FOP(フラワリー・オレンジ・ペコー)」などの分類で取引されました。こうした等級や分類は、植民地各地の茶園に「従わせるべき標準」として移入されていきました。
特にセイロンでは、1910年代にはすでに輸出用に茶葉をふるいにかける「グレーディングハウス」が整備されており、英国向け仕様に沿うことが求められていました。
📦 規格が支配した植民地経済
イギリスは、植民地紅茶の品質規格を通じて「良質で安全な紅茶は帝国産」というブランドを構築しました。一方で、同じアッサムでも地元民が飲む茶と、ロンドン市場に出す茶とでは処理が大きく異なり、「誰のための品質か?」という問いがすでにここにあります。
この構造は、20世紀後半の フェアトレードやオーガニック認証の前段階としての“制度による差別” の出発点でもありました。
🧭 紅茶史と制度の交差点
植民地期の紅茶制度は、単に「管理」のための制度ではなく、経済的支配・価値のコントロール・文化的優位性の表現でもありました。現在のISOやCodexに至る道のりには、この歴史が伏在しています。
🧸 制度による差別とその影響
制度というものは、一見すると「中立で公平」なようでいて──どのような背景で、誰が、誰のために設計したのかによって、実は非常に強い「見えない力」を帯びています。
くまはこの点がとても気になりました。つまりこういうことです。制度は表面上「中立」や「品質の証明」として扱われますが、その設計・適用の背景には、歴史的・経済的な偏りが潜んでいます。紅茶業界でも、以下のような制度による差別構造が見られました。
🍂国際規格が排除した茶葉たち
ISO 3720のような規格は「完全発酵された茶葉のみ」を紅茶と定義したため、自然発酵の在来茶や部分発酵の伝統茶(アジア山岳地域の茶など)は「紅茶」として国際市場にアクセスできないという事態を生みました。
🌏認証がもたらす格差
有機JASやEU Organicなどの認証制度は、取得にかかる費用や手続きの煩雑さから、小規模生産者や発展途上地域の農家が参入できない構造を作り出しました。結果として、実質的には有機栽培であるにもかかわらず、市場での価値が認められないケースが多数発生しています。
🌱紅茶としての価値の決定権を持たない生産者
植民地期も現代も変わらず、「規格」や「品質」は多くの場合、消費地(欧米・日本)で決められます。生産地の文化や味覚が反映されにくい構造は、紅茶のグローバル化とともに固定化されてきました。
こうした事実に目を向ける必要が「紅茶と制度」を考えるときにはとても大事だとくまは思うのです。
🌿 制度を超えて評価される紅茶たち
近年では、こうした制度外にある茶葉の価値が見直されつつあります。
- 和紅茶(日本在来種)が「非標準」であることを逆手にとって、個性ある商品として評価される例。
- ネパールや台湾での在来茶復権運動により、規格外ながら高品質なローカル紅茶が台頭。
ダイレクトトレード(直接取引)によって、生産者と消費者が制度を介さず信頼を築く事例の増加しています。実際、Amazonなどでもこうしたものを見ることができます。
🔍 制度とは誰のためにあるのか?
制度は、便利さ・安全性・透明性を保証する一方で、見えない排除や格差の温床ともなり得ます。「品質を守るための基準」が、いつの間にか「文化を押しつぶす壁」になってしまうこともあるのです。
紅茶においても、この歴史を知ることで、現在の制度の持つ意味と限界を正しく読み解く力が求められます。