聞く紅茶教室
講義時間:約10分
第2講 神農の最期と、茶の宿命
神農は、
ただ茶を見つけた人ではありません。
山に生える草を、
ひとつひとつ自分で試し、
身体で、
「何が人を助けるのか」
を確かめ続けた存在でした。
薬草も。
毒草も。
分け隔てなく。
古い伝承では、
神農の身体は透明で、
内臓が外から見えたとも語られています。
毒を口にすると、
悪くなった場所が黒く見える。
逆に、
身体に良いものを飲むと、
元気になった部分が分かった。
そんなふうに語り継がれてきました。
そして古い文献には、
こんな言葉が残されています。
「一日に七十二の毒に遭い、
茶を飲んで之を解す」
ここでいう「七十二」は、
本当の数ではありません。
「数えきれないほど多くの」
という意味です。
つまり神農は、
毎日のように毒草を試し、
その毒を、
茶で和らげていた。
そう考えられていたのです。
けれど、
ある日。
神農は、
非常に強い毒を持つ草にあたります。
腹の奥が焼けるように痛み、
立ち上がることもできない。
視界も、
少しずつ暗くなっていく。
その中で神農は、
いつものように茶を口に含みます。
苦み。
渋み。
そして、
わずかな甘み。
茶によって、
毒はたしかに弱まっていきました。
呼吸も、
少しだけ楽になる。
けれど。
毒は深く、
回復には間に合いませんでした。
古い文献には、
こう残されています。
「茶を得て之を解すといえど、
なお及ばず」
つまり茶は、
毒を和らげることはできた。
けれど、
命そのものを救うには、
届かなかったのです。
くまは、
ここがとても大事だと思っています。
もし茶が、
すべてを治せる万能薬
だったなら、
人はここまで長く、
茶を飲み続けなかったかもしれません。
茶は、
完全に救うことはできない。
けれど、
人に寄り添うことはできる。
だから茶は、
薬棚だけではなく、
食卓へ。
暮らしへ。
そして、
心を整える飲みもの
として残っていったのではないでしょうか。
茶は、
万能ではありませんでした。
だからこそ、
人の時間に寄り添う飲みもの
になったのかもしれません。
そして、その静かな始まりが、
神農という物語の中に、
今も残っているのです。
くまのひとこと
くまは、
「茶は万能ではなかった」
というところに、
とても惹かれます。
全部を救えない。
けれど、
そっと寄り添うことはできる。
茶には、
そういう静かな優しさがある気がするのです。