聞く紅茶教室
講義時間:約9分
第28講 紅茶は、労働者の飲み物になった
十九世紀の終わりごろ。
イギリスでは、
紅茶を飲む人が急激に増えていきました。
そして、
その中心にいたのは、
実は貴族ではありません。
労働者たちでした。
工場、
港、
炭鉱、
長時間労働、
重い仕事、
そんな毎日の中で、
紅茶は、
「働くための飲み物」
になっていきます。
当時の労働者たちは、
十分な食事を取れないことも多くありました。
だから、
熱い紅茶、
砂糖、
ミルク、
そしてパン。
この組み合わせは、
とても重要でした。
甘い紅茶は、
すぐにエネルギーになります。
ミルクは、
脂肪や栄養を補います。
つまり。
カップの底に
たまった砂糖で
スプーンが立つ
というほどの
甘いミルクティーは、
ほとんど「液体の食事」
だったのです。
ここで、
面白い変化が起こります。
もともと紅茶は、
上流階級の文化でした。
けれど、
価格が下がる、
輸入量が増える、
植民地で大量生産される、となっていきます。
すると、
紅茶は、
「特別なもの」ではなくなっていきます。
食品店で、
普通に買える、
紙袋で売られる、
ついでに買う、
そうした存在へ変わっていったのです。
そして、
紅茶には、
もう一つ大きな強みがありました。
それは
「安全」
だったのです。
当時の都市部では、
水質汚染が深刻でした。
コレラ、
チフス、
そうした病気も広がります。
けれど、
紅茶は、
湯を沸かして飲みます。
だから比較的安全だったのです。
つまり、
紅茶は、
「衛生的な飲み物」
としても広がっていきました。
さらに、
イギリスの水は、
硬水です。
カルシウムが多く、
紅茶の渋みが強く出やすいのです。
そこで、
ミルクを入れます。
すると、
味がまろやかになります。
つまり、
イギリスでミルクティーが定着したのは、
文化だけではなく、
水の性質も関係していたのです。
そして、
ティーブレイク。
これも重要です。
工場で働く人たちは、
決まった時間に休憩を取ります。
そこで、
みんなで紅茶を飲みます。
同じポット、
同じ湯気、
同じ休憩。
それは単なる水分補給ではありませんでした。
「一緒に働く仲間」
であることを確認する時間でもあったのです。
だから、
この頃になると、
紅茶は、
階級の象徴ではなくなっていきます。
上流階級も飲む。
中産階級も飲む。
労働者も飲む。
でも飲み方は違います。
けれども
「紅茶を飲む」
という行為そのものが、
イギリス人の共通習慣になっていきました。
そして。
ここから、
濃いミルクティーの文化が、
さらに強くなっていきます。
熱い、
甘い、
濃い、
働くための紅茶です。
後に、
ビルダーズティーと呼ばれるような、
力強いミルクティー文化です。
こうして。
紅茶は、
優雅な社交文化であると同時に、
労働者を支える、
生活インフラにもなっていきました。
だからイギリスでは、
紅茶は、
「趣味」より先に、
「生活」だったのです。
くまのひとこと
アフタヌーンティーを見ると、
紅茶は、
すごく優雅な文化に見えるのですけれども、
実際には、
工場で働く人たちの、
疲れた体を支えていた飲み物でもあるのです。
だから紅茶は
上流階級だけの歴史ではなくて
「毎日を生きる人たちの歴史」
でもあるのです。