聞く紅茶教室

講義時間:約8分

第30講 紅茶と銀

輸入の限界が生んだ矛盾

イギリスは、
紅茶を飲み続けるために、
戦争をしました。

少し強い言い方に聞こえるかもしれません。

でも、

十九世紀の世界を見ていくと、
これは決して大げさな表現ではありません。


十九世紀初頭。

イギリス人にとって紅茶は、
すでに特別な飲み物ではなくなっていました。

上流階級のサロン。

労働者の休憩。

家庭の食卓。

そして軍隊の配給。

そこに、
紅茶がありました。

つまり紅茶は、
ただの嗜好品ではなく。

国を動かす燃料に近い存在へ、
変わっていたのです。


ところが、

大きな問題がありました。

その茶葉の多くは、
中国から買っていたのです。

当時の中国。

つまり清です。

清は、
茶、絹、陶磁器を輸出していました。

けれど、
西洋の商品をあまり必要としていませんでした。

つまり、

イギリスは中国から茶を買う。

でも、
中国はイギリスの商品をほとんど買わない。

その結果、
イギリスから中国へ、
銀が流れ続けました。


紅茶を買うたびに、
銀が出ていく。

国民が紅茶を飲むたびに、
国家の富が中国へ流れていく。

かなり深刻な構造です。

紅茶は、
イギリスの日常になった。

けれどその日常は、
中国への依存によって成り立っていたのです。


そこでイギリスは、
危険な解決策へ向かいます。

中国が買わないなら、
買わざるをえないものを売ればよい。

その役割を担ったのが、

アヘンでした。


イギリスは、
インドでアヘンを作ります。

それを中国へ密輸する。

中国で売る。

銀を回収する。

そしてその銀で、
中国から紅茶を買う。

こうして、
奇妙で歪んだ循環が生まれました。

アヘンを売る。

銀を回収する。

茶を買う。

この三段構造です。


つまり、

イギリスのティーカップの裏側には、
中国から流れ出す茶葉と、
インドから流れ込むアヘンがありました。

紅茶の香りの奥に、
銀の流れがありました。

そしてその銀の流れを止めないために、
帝国は動き始めます。


ここで大切なのは、
紅茶が単なる飲み物ではなかったということです。

紅茶は、
家庭の飲み物であり、

労働者の燃料であり、

国民の習慣であり、

そして、
帝国の財政を揺さぶる商品でもありました。

だからイギリスは、
こう考えるようになります。

このまま中国に頼り続けるわけにはいかない。

紅茶を輸入するのではなく、
自分たちの支配地で作れないか。

この問いが、
やがてインドの茶園へつながっていきます。


でもその前に。

この歪んだ貿易は、
大きな戦争を生みます。

アヘン戦争です。

次回は、
紅茶とアヘンが、
どのように戦争へ向かったのかを見ていきます。


くまのひとこと

紅茶はいっけん、
湯気の立つ穏やかな飲み物に見えます。

でも、
十九世紀の紅茶は、
国家の財布を動かす商品でもありました。

一杯の紅茶の向こうに、
銀が流れ、
船が動き、
帝国が焦っている。

そう考えると、
紅茶の歴史って、
決して静かではないのです。