聞く紅茶教室

講義時間:約9分

第31講 アヘン戦争は、紅茶を守るための戦争だった

前回。

イギリスは、
紅茶を買うために、
大量の銀を中国へ支払っていた、

という話をしました。

そして、

その銀を回収するために使われたのが、
インド産のアヘンでした。

今回はその続きです。


イギリスは、
インドでアヘンを生産します。

それを中国へ密輸する。

中国で売る。

銀を回収する。

その銀で、
再び中国から茶を買う。

つまり。

アヘン。

銀。

紅茶。

この三つが、
一つの循環になっていました。


当然ながら。

中国側は、
これを危険視します。

アヘンは、
人々を依存させます。

社会を乱します。

そして大量の銀が、
国外へ流出していきました。

清は、
これはもう単なる貿易問題ではなく。

国家の危機だと考えるようになりました。


そこで登場するのが。

林則徐

清の高官です。

彼は1839年。

広東で、
外国商人が持っていた大量のアヘンを没収します。

その数、
およそ二万箱。

現在の価値で言えば、
莫大な量です。


そして彼は。

そのアヘンを、
海へ流しました。

虎門。

広東近くの海岸です。

溝を掘り、

石灰と塩水で、
アヘンを無力化し。

大量に廃棄していきました。

これは、
かなり強い意思表示でした。

清は本気で、
アヘンを止めようとしていたのです。


けれどイギリス側は、
これを別の形で受け取ります。

「イギリス商人の財産が破壊された」

そう主張したのです。

そして。

賠償、

そして貿易再開、

それを要求します。

当然、清は拒否しました。

そこで、

イギリス議会は、
武力行使を決定します。

こうして始まったのが。

アヘン戦争です。


教科書では、
「アヘンをめぐる戦争」
と説明されることが多いです。

もちろん、
それは間違いではありません。

でも、

少し視点を変えると、
別のものも見えてきます。


イギリスにとって紅茶は、
すでに国民生活そのものでした。

家庭。

工場。

軍隊。

国全体が、
紅茶を必要としていた。

だから、

中国との茶貿易が止まることは、
国家の問題だったのです。

つまり。

アヘン戦争とは

「アヘンを売るための戦争」
であると同時に

「紅茶を飲み続けるための戦争」
でもあったのです。


そして、

ここが十九世紀らしいところなのです。

イギリスにとって紅茶は、
ただの嗜好品ではなくなっていました。

国家財政、

海運、

軍事、

植民地、

そういった巨大な仕組みと、
結びついていました。

だから、

湯気の立つティーカップの向こうで、
戦争が始まってしまったのです。


そして、

この戦争を通して、
イギリスは強く感じます。

このまま中国に頼り続けるのは危険だ。

ならば、

自分たちの植民地で、
紅茶を作るしかない。

ここから、
アッサムをはじめとするインドの茶園。

セイロン。

そして、
「帝国が創った産地」
の歴史が始まっていきます。


くまのひとこと

アヘン戦争は、
名前だけ聞くと、
遠い昔の特殊な戦争みたいに感じるかもしれません。

でも実際には、

「国民が毎日飲むものを、
どう維持するか」

という、
かなり生活に近い問題でもあったのです。

だから歴史というのは。

戦争だけ見ていても本質は
分からなくて、

その後ろで、
人々が何を飲み、
何を欲し、
何を当たり前にしていたか、

それらを見ると、
急に立体的になる気がするのです。