聞く紅茶教室
講義時間:約10分
第74講 紅茶と物語世界(4)
絵画・舞台・漫画と紅茶
4.絵画と視覚芸術におけるティーイメージ
紅茶は、文学だけではなく、「見る文化」の中でも大きな役割を果たしてきました。
特に十九世紀ヨーロッパの絵画では、ティータイムの場面が何度も描かれています。そこに描かれているのは、単なる飲食ではありません。
家庭の秩序。
階級。
女性らしさ。
そして、静かな私的空間。
それらを象徴するものとして、紅茶が置かれていたのです。
食卓全体ではなく、「ティーテーブル」だけが独立して絵画の題材になる。
これは、紅茶がすでに社会的意味を持つ存在だったことを示しています。
十九世紀のサロン画では、紅茶は「穏やかな家庭生活」を表す道具として登場します。
そこには食欲よりも、礼儀や会話、静かな余暇が描かれます。
ポットの置き方。
レースのクロス。
カップの柄。
それらはすべて、「上流階級の美意識」を伝える視覚コードだったのです。
時代が進むと、紅茶は「装飾芸術」と結びついていきます。
その象徴が、アール・ヌーヴォーの画家、アルフォンス・ミュシャです。
ミュシャは、紅茶メーカーや食品広告のポスターを数多く手がけました。
しかし、そこに描かれた紅茶は、「香りを楽しむ飲み物」というよりも、
曲線。
女性性。
色彩。
そうした「視覚のテクスチャ」として扱われています。
ミュシャ的な図像には、共通した特徴があります。
長い髪の女性。
植物のリース装飾。
金色や飴色の色彩。
円形フレーム。
こうした意匠は、その後、紅茶缶やティーキャディ、ティールームの壁紙へと流れ込んでいきました。
つまり紅茶は、この時代から、
「飲むもの」だけではなく、
「飾るもの」
としても広がっていったのです。
言い換えるなら、
「儀式の飲み物」だった紅茶が、
「視覚化される嗜好品」へ変化していった、
とも言えるでしょう。
日本では、この流れが少し変わった形で入ってきます。
日本人は、まず「紅茶そのもの」よりも、
「紅茶のまわりにあるイメージ」
を先に受け取ったのです。
その象徴が、雑誌『明星』です。
一九〇四年四月号では、アルフォンス・ミュシャが、
「仏国装飾画の大家 ムッカ氏」
として紹介されています。
ここで興味深いのは、「ミュシャ」ではなく、「ムッカ」と書かれていることです。
つまり日本は、名前や理論よりも先に、
曲線。
女性像。
花の装飾。
そうした「雰囲気そのもの」を先に輸入したのです。
やがてその図像は、大正時代の喫茶店ポスターや洋菓子広告、輸入紅茶パッケージへと広がっていきます。
つまり日本人は、
「紅茶を飲む前に、紅茶をデザインとして見ていた」
と言ってもよいでしょう。
紅茶は、急須や煎茶碗とは異なる、
「異国の器に入った余暇文化」
として視覚化されていったのです。
そこから生まれたのが、「ティーガール」と呼べる女性像でした。
ただしこれは、英国メイド文化をそのまま写したものではありません。
ミュシャ的女性像。
大正ロマン。
洋風喫茶のイメージ。
それらを混ぜ合わせた、日本独自の紅茶イメージだったのです。
モダンガールがティーカップを持ち、背景には葡萄模様や曲線装飾が描かれる。
そこにあるのは、飲み物としての紅茶ではなく、
「洋風で幸福な生活の記号」
としての紅茶でした。
つまり日本の紅茶文化は、
味覚から始まったのではなく、
「まず絵として輸入され、あとから生活へ浸透した」
という、少し珍しい道をたどったのです。
くまのひとりごと
紅茶が
飲む前に
「見る紅茶」として
日本に上陸した、
という事実はとても面白いと思います。
ミュシャの絵は
現代日本でも
根強い人気があります。
あのイメージと紅茶が、
セットで入ってきたと思うと、
日本で紅茶が、
おしゃれな飲み物というイメージを、
強く持っているのも、
納得できてしまいます。
もうひとつ、
くまが面白いと思ったのが、
最初に輸入されたのが、
イギリス紅茶文化ではなく、
フランスのイメージとともに入ってきたことです。
そしてそれは、
割とすぐに、
イギリス紅茶文化に上書きされていきます。
そうした流れも意識すると、
紅茶の面白みが、
より増える気がします。