聞く紅茶教室

講義時間:約7分

第22講 イギリスが「紅茶」を発見する前夜

その葉はまだ名を持たない

ここまで見てきたように、

17世紀の茶は、

まだ「紅茶」ではありませんでした。

もちろん、
茶は存在しています。

中国では、
さまざまな製法の茶が作られていました。

けれどヨーロッパ側には、

まだ、

「紅茶」

という概念が存在していなかったのです。

くまは、
ここがとても面白いと思っています。

今の私たちは、

緑茶。

烏龍茶。

紅茶。

そうやって分類することを、
当たり前だと思っています。

でも当時のヨーロッパでは、

それらはまだ、

「東洋から来た茶」

くらいの認識でした。

しかも茶は、

最初から優雅に飲まれていたわけではありません。

保存され。

燻され。

等級分けされ。

積み替えられ。

税をかけられ。

再梱包される。

つまり茶はまず、

「貨物」

として扱われていたのです。

くまは、
この感覚がすごく重要だと思っています。

茶は最初、

植物ですらありませんでした。

物流単位。

交易商品。

財政資源。

そういう、

巨大な海上システムの一部

として動いていたのです。

そしてイギリスは、
その葉を見ながら、

少しずつ気づき始めます。

この茶は、

ただの薬ではない。

ただの珍品でもない。

もっと別の可能性を持っている。

そしてここで、
非常に大きな変化が起こります。

イギリス人は、

茶へ、

「色」

を見始めたのです。

くまは、
ここが紅茶誕生の瞬間だと思っています。

中国側では、

発酵度。

製法。

産地。

そうした感覚で茶を見ていました。

けれどイギリスは、

抽出液の色

へ注目した。

赤い。

深い。

琥珀色。

そこから、

Black Tea。

そして日本語でいう、

「紅茶」

という感覚へ繋がっていきます。

つまり紅茶とは、

最初から存在していた分類ではありません。

イギリス社会が、

海を渡ってきた葉へ、

新しい意味を与えた結果

として生まれたのです。

くまは、
ここに紅茶の不思議さを感じます。

紅茶は、

中国だけで完成した飲みものではありません。

海。

物流。

帝国。

税。

コーヒー文化。

そしてイギリス社会。

それら全部が重なったとき、

はじめて、

「紅茶」

という存在が形になっていったのです。


くまのひとこと

くまは、

「名前をつける」

ということは、
かなり大きな力だと思います。

名前がつくと、

人は、
それを「意味のあるもの」として見始めます。

紅茶もそうでした。

ただの葉だったものが、

色を持ち。

文化を持ち。

やがて、

国そのものを象徴する飲みものになっていく。

つまり紅茶とは、

イギリスが見つけた「色」

だったのかもしれません。