聞く紅茶教室

講義時間:約8分

第23講 紅茶は、なぜイギリスの飲み物になったのか

昔のイギリスで、
いちばん勢いのあった飲み物。

それは、
実は紅茶ではありませんでした。

コーヒーです。

十八世紀のロンドンには、
コーヒーハウスが並んでいました。

商人。

政治家。

新聞。

噂。

そして議論。

そこは、
男性たちの「公共空間」でした。

けれど。

同じころ。

茶を飲む文化も、
静かに広がっていました。

ただし、
広がる場所が違ったのです。

紅茶は、
店ではなく。

家庭へ入りました。

女性たちのいる場所へ、
ゆっくり浸透していったのです。


では。

なぜ紅茶は、
イギリスそのものを代表する飲み物になったのでしょう。

そこには、
いくつかの大きな変化がありました。

まず一つ目。

「海」です。

十九世紀。

ティークリッパー。

そう呼ばれる高速帆船が現れます。

中国からロンドンまで。

その航海時間が、
大きく短縮されました。

船が速くなる。

すると、
茶の香りが変わります。

鮮度が変わります。

価格も変わります。

つまり。

紅茶は、
「特別な輸入品」から。

大量に運べる商品へ、
変わり始めたのです。


二つ目。

供給の変化です。

当時のイギリスは、
中国の茶に強く依存していました。

けれど、
清の貿易統制によって。

価格も供給も、
安定しませんでした。

そこで動いたのが、
東インド会社です。

彼らは、
インド。

そしてアッサムへ向かいます。

つまり。

「輸入して買う茶」から。

「帝国の中で育てる茶」へ。

紅茶は、
経済の仕組みそのものへ、
組み込まれていきました。


そして三つ目。

ここが、
とても大きなポイントです。

紅茶は。

家庭へ入った。

ということです。

コーヒーは、
まず店で広がりました。

けれど紅茶は、
家の中へ入りました。

そこに加わったのが。

砂糖。

そしてミルクです。

熱くて。

甘くて。

やわらかい。

疲れた体にも入りやすい。

子どもでも飲める。

こうして紅茶は、
「家庭の飲み物」になっていきました。


そして。

ヴィクトリア時代。

紅茶は、
二つの方向へ広がっていきます。

一つは、
上流階級。

アフタヌーンティーです。

美しい食器。

静かな会話。

午後の時間そのものを楽しむ文化。

もう一つは。

労働者たちの、
ティーブレイクです。

濃いミルクティー。

短い休憩。

疲れた体を支える、
熱い一杯。

方向は、
まったく違いました。

けれど。

どちらにも、
共通するものがありました。

「紅茶がある時間」

です。


つまり。

紅茶は、
味だけで勝ったわけではありませんでした。

海を渡り。

帝国に支えられ。

家庭へ入り。

人の生活時間へ、
入り込んでいった。

だからこそ。

紅茶は、
イギリス人の日常そのものになっていったのです。


くまのひとこと

紅茶というのは、
最初から「優雅な飲み物」だった
わけではないのです。

物流。

帝国。

家庭。

労働。

そういう、
かなり現実的なものの上に、
今のティータイムがあります。

でも。

だからこそ、
あの一杯には、
人間の生活そのものが入っている気がするのです。