聞く紅茶教室
講義時間:約8分
第24講 紅茶が、工場を動かした
十九世紀。
イギリスは、
大きく変わっていきました。
工場。
蒸気機関。
煙。
そして、
都市へ集まる人々。
産業革命です。
それまでの人々は、
もっと自然な時間で生きていました。
疲れたら休む。
日が暮れたら終わる。
けれど。
工場は違います。
何時に働くか。
何時に休むか。
すべて、
時計で決まっていました。
人間が、
機械のリズムへ合わせ始めた時代です。
そこで必要になったもの。
それが、
ティーブレイクでした。
短い休憩。
熱い飲み物。
少しの糖分。
そして、
また働く。
この流れが、
工場の中へ組み込まれていきます。
ここで、
紅茶は非常に都合の良い飲み物でした。
比較的安い。
大量に運べる。
作り置きもできる。
さらに。
砂糖を入れる。
ミルクを加える。
すると、
かなり高カロリーになります。
パンと紅茶。
それだけで、
労働者の体を支えることができたのです。
つまり。
紅茶は、
ただの嗜好品ではなく。
「労働を維持する燃料」
になっていきました。
そして。
もう一つ大きかったのが、
税金です。
十八世紀のイギリスでは、
紅茶には非常に高い税がかかっていました。
時には、
百パーセントを超えるほどです。
当然、
密輸が増えます。
安い密輸茶。
質の悪い茶。
いわゆる、
スモーグルティーです。
けれど十九世紀。
政府は、
大きく方針を変えます。
茶税を、
大幅に引き下げたのです。
すると。
紅茶の価格が、
一気に下がりました。
合法ルートの茶が、
全国へ広がります。
つまり。
紅茶は、
「一部の人の飲み物」から。
一般大衆の飲み物へ、
変わっていったのです。
さらに。
ロンドンには、
巨大な茶の倉庫群も整備されました。
ティードック。
世界中から届く茶が、
ここへ集まります。
荷を下ろし。
検品し。
仕分けし。
再び全国へ運ぶ。
紅茶は、
海を渡る商品であると同時に。
都市を循環する商品にもなっていきました。
こうして。
紅茶は、
あらゆる場所へ入り込みます。
上流階級のサロン。
工場の休憩室。
郊外の家庭。
港町。
ロンドン。
階級は違っても。
みな、
紅茶を飲んでいました。
もちろん。
飲み方は違います。
上流階級は、
品質や香りを重視しました。
労働者は、
量と安さを求めました。
けれど。
「紅茶を飲む」
という行為そのものが、
共通になっていったのです。
そして、
ここからイギリスでは。
「紅茶がある生活」
そのものが、
当たり前になっていきます。
紅茶は、
飲み物というより。
生活のリズムになっていったのです。
くまのひとこと
紅茶には、
優雅なイメージがありますけれど。
実は、
かなり「工業化された飲み物」
でもあるのです。
大量輸送。
大量流通。
大量消費。
そういう近代の仕組みの中で、
紅茶は、
国民飲料になっていきました。
だから、
ティーブレイクというのは
ただの休憩ではなく
「人間が機械になり切らないための時間」
だったのかもしれません。