聞く紅茶教室

講義時間:約8分

第32講 条約が港と法律を奪った

アヘン戦争は、
イギリスの勝利で終わります。

けれど、

ここで本当に大きかったのは、
戦争そのものではありませんでした。

戦争のあとに結ばれた、
「条約」です。

今回は、
その話をしていきましょう。


アヘン戦争では、

イギリスと清、

その軍事力に、
大きな差がありました。

イギリスは、
産業革命を経験しています。

蒸気船。

近代海軍。

大型砲。

ライフル銃。

つまり、

海から砲撃できる、
近代戦争の国でした。


一方、

清の軍隊は、
まだ木造帆船と旧式火器が中心でした。

戦い方そのものが違ったのです。

これは単なる国同士の戦争ではなく、

「産業革命を経験した国」と、
「そうでない国」の衝突でもあったのです。


そして1842年。

清は、
イギリスと条約を結びます。

南京条約です。

なんきんじょうやく、
と読みます。

ここから、
中国の近代史が大きく変わっていきます。


まず、

香港島が、
イギリスへ渡されました。

香港割譲です。

さらに、

広州。

福州。

厦門。

寧波。

上海。

と、五つの港が、
開港させられます。

つまり、

イギリスは、
中国の海の入口を、
制度として開かせたのです。


でも。

本当に大きかったのは、
ここからです。

清は、
関税を自由に決められなくなります。

つまり、

「外国から何を、
どれくらい入れるか」

という主導権を、
失っていったのです。


さらに。

後に追加されたのが、
治外法権

という仕組みです。

これは、

イギリス人は、
中国の法律では裁かれない、

という特権でした。

つまり。

港だけではなく。

法律そのものが、
外側から侵食されていったのです。


ここで、
よく言われる言葉があります。

「中国は植民地にはならなかった」

たしかに中国は

インドのように、
完全統治されたわけではありません。

でも実際には、

港を管理され、

税を制限され、

法律を弱められ、

貿易を支配されていきました。

つまり、

国家の形は残っている、

けれど、

経済と主導権は、
外側から動かされていく。

つまり

半植民地化、

そう呼ばれる状態になっていたのです。


そして、

イギリスは、
この方法を学びます。

軍事力で港を開かせる。

条約で権利を固定する。

流通を支配する。

この「帝国方式」が、
ここから世界へ広がっていきます。

インド。

セイロン。

アフリカ。

そして、
紅茶産地へ。


だから。

アヘン戦争は、
単に「戦争が起きた」
という話ではないのです。

もっと重要なのは、

戦争のあと、
どんな仕組みが残されたのか。

そこなのです。


そして、

その仕組みの中心には、
いつも「茶」がありました。

紅茶を運ぶ海。

紅茶を売る港。

紅茶を支える貿易。

つまり、

ティーカップの向こうで、
法律と国家の形まで変わっていったのです。


くまのひとこと

歴史の戦争は、
戦争そのものより。

「戦争のあと、
何が当たり前になったか」

の方が、
実は怖い気がするのです。

港が開く。

法律が変わる。

貿易のルールが変わる。

すると、
その後の何十年も、
世界の流れが変わってしまう。

そしてその中心に、
紅茶がいました。

そこが、
紅茶史の面白さでもあり、
少し怖いところでもある気がします。