聞く紅茶教室
講義時間:約9分
第35講 紅茶は、帝国商品のひとつだった
ここまで。
紅茶が、
どのように帝国と結びつきながら広がっていったのか。
その流れを見てきました。
でも、
ここで、
とても大事なことがあります。
実は、
紅茶だけが、
特別だったわけではないのです。
十九世紀の大英帝国は、
世界中で、
巨大な農園を作っていきました。
プランテーションです。
そこで育てられたのは、
紅茶だけではありませんでした。
砂糖。
綿花。
コーヒー。
そしてゴム。
作物は違っても、
仕組みは、
驚くほど似ていたのです。
まず、
砂糖。
これは、
紅茶と非常に深い関係があります。
イギリス人が、
甘いミルクティーを飲むようになった時、
その砂糖の多くは、
カリブ海のプランテーションから来ていました。
ジャマイカ。
バルバドス。
キューバ。
そこでは、
巨大なサトウキビ畑が広がっていました。
そして。
その砂糖産業を支えていたのが、
奴隷労働です。
アフリカから連れてこられた人々が、
サトウキビを育て。
加工し。
輸出していました。
つまり。
紅茶の甘さの中には、
大西洋奴隷貿易の歴史も、
溶け込んでいたのです。
しかも。
十九世紀になると、
砂糖の消費量は爆発的に増えていきます。
紅茶が広がる。
砂糖も広がる。
そして。
「甘い紅茶」が、
イギリスの日常になっていきました。
つまり。
紅茶だけでは、
英国式ティータイムは完成しなかったのです。
そこには。
砂糖。
ミルク。
陶磁器。
そういう、
帝国全体の商品が必要でした。
次に、
綿花です。
インドやエジプトで育てられた綿花は、
イギリス本国の工場へ送られます。
そこで布に加工され、
世界へ輸出されていきました。
ここでも同じです。
作る場所は植民地。
利益が集まるのは本国。
つまり。
土地と労働は外側。
富は中心へ。
そういう構造でした。
コーヒーも。
ゴムも。
同じです。
ブラジル。
東アフリカ。
マレー半島。
コンゴ。
帝国は、
必要な商品を。
必要な土地で。
必要な量だけ作らせようとしました。
だから。
紅茶は、
特別な例外ではありません。
むしろ。
帝国が世界中へコピーしていった、
巨大な経済モデルの一部でした。
でも。
ここで面白いことがあります。
同じ帝国商品だったのに。
なぜ紅茶だけが、
「イギリスそのもの」
みたいな存在になったのでしょう。
砂糖は、
イギリスの象徴にはならなかった。
綿花も。
ゴムも。
コーヒーも。
そこまで、
「国民文化」にはなりませんでした。
けれど紅茶だけは。
家庭へ入り。
工場へ入り。
戦場へ入り。
ティーブレイクになり。
アフタヌーンティーになり。
「生活そのもの」
になっていったのです。
つまり。
紅茶は、
帝国商品でありながら。
同時に、
人々の毎日の時間へ入り込んでいった。
そこが、
とても特殊だったのです。
そして。
ここから二十世紀へ入ると。
紅茶はさらに、
「国民の飲み物」
として強く定着していきます。
戦争。
配給。
ブランド。
大量消費。
紅茶は、
帝国の飲み物から。
イギリス人の「当たり前」へ、
変わっていくのです。
くまのひとこと
紅茶は、
すごく優雅な文化に見えることがあります。
でも。
その背景を見ると。
砂糖。
綿花。
奴隷制。
プランテーション。
そういう、
かなり大きな世界経済と繋がっています。
だから紅茶史は。
「飲み物の歴史」というより。
人間が、
どう世界を結び、
どう利益を流し、
どう日常を作っていったか。
その歴史なのかもしれません。