聞く紅茶教室

講義時間:約10分

第39講 ティーバッグは、紅茶を日用品に変えた

二十世紀後半になると、紅茶はさらに大きく姿を変えていきます。

それは、「淹れる文化」から、「すぐ飲める商品」への変化でした。

そして、その象徴になったものが、ティーバッグです。

いまでは当たり前のように見えるティーバッグですが、実は紅茶の歴史全体で見ると、かなり新しい存在です。

ティーバッグの原型が登場したのは、一九〇八年のアメリカでした。

しかし、イギリスで本格的に広がるのは、第二次世界大戦後のことです。

ここには、社会そのものの変化が関係していました。

都市化。

核家族化。

共働きの増加。

生活のスピード化。

人びとは、「時間をかけて紅茶を淹れる暮らし」から、「すぐに準備できる飲み物」を求めるようになっていきます。

かつての紅茶には、準備の時間がありました。

ポットを温める。

茶葉を量る。

蒸らす時間を待つ。

カップを並べる。

そこには、「紅茶を淹れる行為そのもの」を楽しむ文化がありました。

しかしティーバッグは、その流れを大きく変えます。

袋を入れる。

お湯を注ぐ。

数分待つ。

それだけで紅茶が完成する。

ポットも不要。

茶漉しも不要。

後片付けも簡単。

紅茶は、驚くほど「便利な飲み物」になっていったのです。

この変化によって、紅茶を飲む場所も変わりました。

かつて紅茶は、テーブルを囲む飲み物でした。

家族。

来客。

社交。

会話。

そうした場の中心に、ティーポットが置かれていました。

しかしティーバッグの時代になると、紅茶は「個人の飲み物」になっていきます。

職場のデスク。

自室のマグカップ。

作業の合間。

短い休憩。

紅茶は、「人と時間を共有する飲み物」から、「ひとりで素早く飲む飲み物」へ変わっていったのです。

ここで起きていたのは、紅茶文化の「消滅」ではありません。

むしろ、「役割の変化」でした。

紅茶は、特別な時間のためだけではなく、「毎日の生活に入り込む飲み物」になっていったのです。

そして、この変化によって、紅茶を飲む人口そのものは大きく広がりました。

もし紅茶が、昔ながらの手間を必要とするままだったなら、ここまで日常化はしなかったかもしれません。

ティーバッグは、紅茶を簡略化しました。

けれども同時に、紅茶を「生活の一部」にしたのです。

しかし、その便利さには別の側面もありました。

ティーバッグによって、紅茶の背景は見えにくくなっていきます。

どこの茶葉なのか。

誰が作ったのか。

どんな香りなのか。

どんな抽出をするのか。

そうした違いは、「袋に入った商品」の中で、少しずつ透明になっていきました。

紅茶は、スーパーの棚に並ぶ日用品になっていきます。

パン。

シリアル。

インスタント食品。

そうしたものと同じように、「いつも買う商品」として扱われるようになったのです。

そして、ここで紅茶は大きな分岐点に入ります。

便利さを選ぶ流れ。

そして、「本当にそれだけでいいのか」と問い直す流れです。

大量消費が進む中で、人びとは再び考え始めます。

どこで作られているのか。

誰が摘んでいるのか。

適正な価格なのか。

安全なのか。

環境は守られているのか。

つまり紅茶は、「便利であること」の次に、「正しいかどうか」を問われる飲み物になっていったのです。

次に見ていくのは、その変化を象徴する流れ。

「フェアトレードと紅茶」の時代です。


くまのひとりごと

20世紀半ば以降
紅茶は役割を多様化させてきました。

またティーバッグの登場は
その多様性をさらに広げました。

たしかにティーバッグは便利です。
上手な淹れ方をすれば
茶葉で淹れるのにひけを取らないこともあります。

でも、くまは
茶葉を使って
手間をかけるのが
やはり好きなのです。