聞く紅茶教室

講義時間:約13分

第43講 リプトンは、茶畑と食卓をつないだ

十九世紀の終わりごろ、紅茶はすでに大量に作られる時代へ入っていました。

インド。

セイロン。

巨大な茶園。

植民地で育てられた茶葉は、大量にイギリスへ送られるようになります。

けれども、ここにはまだ問題がありました。

紅茶は作れても、「安く、安定して、全国へ届ける仕組み」が完成していなかったのです。

茶葉は、いくつもの業者を通ります。

産地。

仲買人。

卸売。

小売店。

そのたびに値段は上がり、品質もばらつきます。

つまり、紅茶は大量生産の時代に入っても、まだ「近代的な商品」にはなりきれていませんでした。

ここで登場するのが、トーマス・リプトンです。

スコットランド生まれの実業家。

後に、「紅茶王」と呼ばれる人物です。

しかし、リプトンが本当に変えたのは、味ではありませんでした。

彼が変えたのは、「紅茶が届く仕組み」そのものだったのです。

当時のイギリスには、すでに大きな変化が起きていました。

鉄道です。

蒸気機関車が、イギリス国内を結び始めていました。

港には巨大なクレーンが並び、蒸気船が植民地と本国を結びます。

つまり、「大量輸送できる時代」が、先に完成していたのです。

リプトンは、そこに目をつけました。

そして、ある単純な問いを考えます。

なぜ、茶畑から店までを、同じ会社でつながないのか。

彼は、その発想を実行しました。

セイロンの茶園を買う。

自社工場で製茶する。

船でイギリスへ運ぶ。

鉄道で国内輸送する。

そして、自分の店で売る。

つまり、茶畑から食卓までを、一本の流れとして管理したのです。

ここで重要なのは、「鉄道」がイギリス国内だけの話ではなかったという点です。

セイロン、現在のスリランカでは、すでに山岳地帯と港を結ぶ鉄道が作られていました。

ヌワラエリヤ。

キャンディ。

そうした高地の茶畑から、コロンボ港へ。

列車が、大量の茶葉を運びます。

そして港から蒸気船へ。

蒸気船からロンドンへ。

リプトンは、この「茶畑→鉄道→港→船→店」という流れ全体を、一つの企業でつなぎました。

現在、このスリランカの紅茶鉄道は、「世界で最も美しい列車旅」のひとつとして知られています。

緑の茶畑。

霧の山々。

ゆっくり進む列車。

観光客に人気の風景です。

けれども、その始まりは観光ではありませんでした。

あれは、茶葉をできるだけ速く、傷めずに港へ運ぶための、植民地経済の輸送インフラだったのです。

つまり、美しい風景の奥には、帝国の物流システムがありました。

リプトンは、その巨大な流れを利用しました。

そして彼は、有名な言葉を掲げます。

“Direct from the Tea Gardens to the Teapot.”

「茶畑からティーポットへ、まっすぐに。」

この言葉には、彼の考え方がすべて表れています。

どこで作られたのか。

どう運ばれたのか。

品質は安定しているのか。

それを企業が保証する。

リプトンが売ったのは、ただ安い紅茶ではありません。

「安心して買える紅茶」でした。

ここで、紅茶は大きく変わります。

かつて紅茶は、贅沢品でした。

上流階級の飲み物でした。

けれどもリプトンは、それを「毎日飲めるもの」に変えていきます。

労働者階級の家庭にも、紅茶が広がっていきました。

つまり彼は、「紅茶を大量生産した人」ではありません。

「紅茶を生活へ届ける仕組み」を完成させた人だったのです。

けれども、まだ問題は残っていました。

紅茶は、家へ届くようになった。

安くもなった。

しかし、淹れるには手間がかかります。

茶葉。

ポット。

抽出。

後片づけ。

忙しい都市生活の中では、それでもまだ少し面倒な飲み物でした。

そして、この「手間」を大きく変えてしまう小さな発明が、次にアメリカで登場します。

それが、ティーバッグでした。


くまのひとこと

今、紅茶の世界で起きているのは、
「巨大ブランドによる均質化」

「産地・個人・物語への再接続」
の同時進行なのだとくまは思います。

これは紅茶史全体でみると
かなり面白い循環です。

十九世紀は
地域商人である茶商から
信頼で買っていました。

リプトン以降は
ブランドによる大量輸送が実現し、
「いつも同じ味」が
大量流通しました。

二十一世紀になり
2010年くらいになると
インターネットが特別なものから
生活のインフラになりました。
その結果、大量流通と並行して、
小規模輸入やバイヤーへの個人的信頼など
産地や産地と消費者の間に入るバイヤーなどへの
信頼で買う、という買い方に戻ってきています。

ただし、十九世紀と違うのは、

「小規模でも世界市場へ直接アクセスできる」、

ということです。

昔は、

小規模イコール地域限定、

でした。

でも今は

産地から直接や、
個人バイヤーや、
SNSなどを通じたりして、
世界中のマニアと直接つながることが成立しています。

これは歴史的にかなり大きいです。

ただ、完全逆転ではなくて、
8割が大量流通、
2割がこだわりの紅茶、
くらいで共存していくのではないでしょうか。

くまは2割の方で、
沼にはまっていますけどね(笑い