聞く紅茶教室
講義時間:約11分
第45講 紅茶は広告で売られるようになった
リプトンによって、紅茶は大量に届けられる商品になりました。
ティーバッグによって、誰でも簡単に淹れられる飲み物になりました。
そして二十世紀に入ると、紅茶はさらに別の変化を迎えます。
それは、「どう売るか」の時代です。
つまり紅茶は、「広告」で売られる飲み物になっていったのです。
十九世紀までの紅茶は、基本的には量り売りでした。
茶商の店へ行く。
必要な分だけ買う。
紙に包んでもらう。
つまり、紅茶にはまだ「完成された商品らしい姿」がありませんでした。
品質を保証するのは、店主の信用です。
けれども大量流通の時代になると、それでは足りなくなります。
全国で売るには、「誰が見ても同じ商品」でなければならない。
そこで重要になったのが、パッケージでした。
最初の紅茶容器は、木箱です。
しかし十九世紀後半になると、金属製の茶缶が広がっていきます。
そして印刷技術が発達すると、缶そのものが「見せる商品」へ変わっていきました。
赤。
金。
深緑。
紺。
そこにブランド名や模様が印刷されます。
植物模様。
王室の紋章。
優雅な文字。
つまり紅茶缶は、「保存容器」から、「広告そのもの」へ変わっていったのです。
ここで面白いのは、当時の一般家庭には、まだ高価な美術品を置く余裕があまりなかったことです。
しかし紅茶缶なら、買えば家に置ける。
つまり紅茶缶は、「日用品の形をした小さな装飾品」になりました。
だから人びとは、空き缶を捨てませんでした。
ボタンを入れる。
糸を入れる。
手紙を入れる。
紅茶缶は、家庭の中に残り続けたのです。
つまり紅茶は、飲まれる前から、すでに「見られる商品」になっていました。
そして広告も変わっていきます。
ポスター。
新聞。
看板。
そこに描かれるのは、理想化された暮らしでした。
笑顔の女性。
整った食卓。
明るい家庭。
紅茶を囲む家族。
こうした広告に登場する女性像は、「ティーガール」と呼ばれることもあります。
彼女たちは、ただ紅茶を淹れているわけではありません。
「理想の家庭」を演じていました。
つまり紅茶は、「味」だけで売られていたのではありません。
「こういう暮らしになれますよ」というイメージごと売られていたのです。
ここで、紅茶の価値基準も変わっていきます。
昔の紅茶は、「どこの茶園か」が重要でした。
しかし二十世紀に入ると、「どのブランドか」が重要になります。
トワイニング。
リプトン。
ヨークシャーティー。
それぞれのブランドが、「自分たちの物語」を持ち始めました。
伝統。
格式。
親しみやすさ。
労働者の日常。
英国らしさ。
つまり紅茶は、「茶葉」ではなく、「ブランドイメージ」で選ばれる時代へ入っていったのです。
ここで紅茶は、大きく変化します。
それは農作物であるだけでなく、「文化工業製品」になった、ということでした。
味だけではない。
香りだけでもない。
デザイン。
広告。
記憶。
印象。
そうしたものすべてが、「紅茶」という商品の一部になっていったのです。
そして紅茶缶は、さらに時代の美意識を映していきます。
アール・ヌーヴォー。
アール・デコ。
時代ごとのデザインが、紅茶缶に現れます。
つまり紅茶は、「時代の美しさ」を映す商品にもなっていったのです。
けれども、この時代の紅茶には、もうひとつ別の顔がありました。
広告の中の優雅な紅茶。
その一方で、戦場でも紅茶は飲まれていました。
塹壕。
潜水艦。
戦車。
そこでも紅茶は必要とされたのです。
次回は、「戦時紅茶」という少し不思議な存在を見ていきます。
なぜイギリスは、戦場でまで紅茶を守ろうとしたのでしょうか。
くまのひとりごと
紅茶の入れ物というのは
缶だったり、
陶器だったり、
色々と魅力的なものが多いです。
くまも紅茶の容器は、
たくさん持っています。
くまも最初はブランドから紅茶の世界に入ったので、
紅茶容器のコレクターでもありました。
最近は、
信頼できるバイヤーや、
信頼できる個人輸入業者などから、
買うことが多くなっているので、
アルミの袋が多くなってきて、
入れ物の楽しみ、はなくなってしまっています(笑い
ただ今でも、
紅茶を売っているお店で、
素敵な容器を見ると、心惹かれるくまなのでした。