聞く紅茶教室
講義時間:約11分
第57講 日本人は、英国紅茶に憧れた
戦後、日本に紅茶は戻ってきました。
けれども、それはまだ「生活文化」ではありませんでした。
1950年代から1970年代にかけて、日本の喫茶文化の主役は、圧倒的にコーヒーでした。
喫茶店。
純喫茶。
サイフォン。
深煎り。
日本では、「大人の飲み物」として、まずコーヒー文化が成熟していったのです。
その中で紅茶は、「置かれてはいるが主役ではない飲み物」でした。
つまり日本に紅茶は存在していましたが、まだ「紅茶文化」にはなっていなかったのです。
ところが1980年代に入ると、少しずつ空気が変わり始めます。
紅茶は、「英国文化」と一緒に広がり始めたのです。
ここで重要なのは、日本人が最初に惹かれたのは、「味」だけではなかったという点です。
むしろ先に入ってきたのは、
缶。
ロゴ。
王室紋章。
ティーカップ。
ティールーム。
つまり、「英国らしさ」そのものでした。
Fortnum & Mason。
Harrods。
Twinings。
そうしたブランドは、単なる紅茶メーカーではありませんでした。
それは、
「イギリスという空気」
を運んでくる存在だったのです。
つまり日本人は、紅茶を「飲む」より前に、
「英国文化への憧れ」
として受け入れていったのでした。
ここで面白いのは、日本人は紅茶を「味覚」よりも、「視覚」から受容していたという点です。
赤い缶。
金色の文字。
クラシックなロゴ。
アフタヌーンティー。
英国風ティールーム。
つまり紅茶は、「飲み物」である前に、
「英国というイメージ」
として広がっていったのです。
この時代、百貨店の英国展も大きな役割を果たしました。
ロンドン。
王室。
英国雑貨。
ロイヤルウェディング。
そうしたものと一緒に、紅茶が並べられていく。
つまり紅茶は、
「イギリスへ触れる方法」
として広がっていったのです。
また1980年代には、女性誌でも紅茶特集が増えていきました。
紅茶は、
「おしゃれ」
「上品」
「英国的」
そうしたイメージと結びついていきます。
つまりこの時代、日本人は、
「紅茶そのもの」
だけを飲んでいたわけではありません。
その後ろにある、
英国の空気。
英国の生活。
英国の美意識。
そうした「物語」を一緒に飲んでいたのです。
ここで重要なのは、日本は英国を「そのままコピーした」のではないという点です。
日本人は、英国文化を、日本人なりに「翻訳」していきました。
日本の喫茶文化。
日本の雑貨文化。
日本の女性誌文化。
そこへ、「英国紅茶」が組み込まれていったのです。
つまり日本の紅茶文化とは、
「英国文化への憧れ」
から始まりながら、
少しずつ「日本の生活」へ溶け込んでいった文化だったのです。
そして、この「憧れの時代」があったからこそ、
後の、
ティーサロン文化。
アフタヌーンティー文化。
そして和紅茶文化へとつながっていきます。
つまり日本の紅茶文化は、
まず「憧れ」から始まった。
ここが、日本紅茶史の、とても面白いところなのです。
くまのひとりごと
日本にとって、
イギリスという国は、
少し特別な存在です。
日英両国は、
かつて対等な同盟を結んだ国でもあります。
また、
日本の皇室と、
イギリス王室との交流も長く続いてきました。
もちろん、
大東亜戦争という時代もありました。
けれども、
それを除けば、
日本とイギリスは、
どこか互いに親しみを持ってきた国だったとも言えます。
だから戦後、
日本が復興していく中で、
イギリス文化は、
日本人にとって、
「親しみ」と「憧れ」
が混ざった存在になっていきました。
そして、
その象徴のひとつが、
紅茶だったのです。
英国風ティールーム。
王室御用達ブランド。
アフタヌーンティー。
日本人は、
紅茶を通して、
「英国らしさ」に触れていきました。
ここで面白いのは、
日本は、
かつて紅茶の輸出国でもあったということです。
けれども戦争によって、
日本は一度、
「紅茶のない国」
になってしまった。
そして戦後、
もう一度、
紅茶文化を作り直していったのです。
つまり近現代の日本紅茶史とは、
「失った文化を、
もう一度探していく歴史」
でもありました。
日本の紅茶史は、
あまり知られてはいません。
でも実は、
かなりドラマティックな歴史なのです。