第64講 / 全68講
現在の部 第Ⅲ部 紅茶の味わい方
全6部構成
  • 第Ⅰ部 紅茶の全体像
  • 第Ⅱ部 紅茶の選び方
  • 第Ⅲ部 紅茶の味わい方 今ここ
  • 第Ⅳ部 紅茶の淹れ方
  • 第Ⅴ部 紅茶の道具
  • 第Ⅵ部 紅茶の文化と未来
この部の講義
  1. 第37講 紅茶テイスティングとは何か -テイスティング入門(1)
  2. 第38講 観察という視点-テイスティング入門(2)
  3. 第39講 香りを言語化する-テイスティング入門(3)
  4. 第40講 紅茶のテクスチャーを読む-テイスティング入門(4)
  5. 第41講 香りの地図を作る-テイスティング入門(5)
  6. 第42講 初心者のための紅茶テイスティング-テイスティング入門(6)
  7. 第43講 テイスティングの基本手順-テイスティング実践編(1)
  8. 第44講 香りを読む順番-テイスティング実践編(2)
  9. 第45講 テイスティング軸を作る-テイスティング実践編(3)
  10. 第46講 Tea World フレーバーホイール-テイスティング実践編(4)
  11. 第47講 比較テイスティング-テイスティング応用編(1)
  12. 第48講 季節性(旬)-テイスティング応用編(2)
  13. 第49講 茶葉を読む-テイスティング応用編(3)
  14. 第50講 保存と味-テイスティング応用編(4)
  15. 第51講 テイスティングノート-テイスティング応用編(5)
  16. 第52講 メンタルノイズ-テイスティング応用編(6)
  17. 第53講 フレーバーティーのテイスティング-テイスティング応用編(7)
  18. 第54講 道具と水-テイスティング応用編(8)
  19. 第55講 紅茶を「読む」ということ-テイスティング応用編(9)
  20. 第56講 香りの紅茶の世界 理論編(1)2つの紅茶
  21. 第57講 香りの紅茶の世界 理論編(2)香りづけの文化史
  22. 第58講 香りの紅茶の世界 理論編(3)市販品の世界
  23. 第59講 香りの紅茶の世界 理論編(4)精油の世界
  24. 第60講 香りの紅茶の世界 理論編(5)香りの方向性
  25. 第61講 香りの紅茶の世界 理論編(6)着香という文化的行為
  26. 第62講 香りの紅茶の世界 香りの紅茶を作る(1)基本思想
  27. 第63講 香りの紅茶の世界 香りの紅茶を作る(2)フレーバードティーを作る
  28. 第64講 香りの紅茶の世界 香りの紅茶を作る(3)センテッドティー 今ここ
  29. 第65講 香りの紅茶の世界 香りの紅茶を作る(4)家庭で楽しむセンテッドティー
  30. 第66講 香りの紅茶の世界 香り文化の転換点
  31. 第67講 オリジナルブレンド 世界でひとつの香りを編む
  32. 第68講 オリジナルブレンド あなたの香りを創造する
第Ⅲ部 紅茶の味わい方
第64講

香りの紅茶の世界 香りの紅茶を作る(3)センテッドティー

読了目安:13分

学習目標

  1. センテッドティーの基本的な考え方を理解する
  2. フレーバードティーとの違いを学ぶ
  3. 花の香りを「移す」という伝統技術の面白さを知る

3行まとめ

  • センテッドティーは、花や植物と茶葉を一緒に置いて香りを移したお茶です。
  • 香料を加えるフレーバードティーとは、作り方も考え方も異なります。
  • 茶葉に自然の香りを「吸わせる」という発想が、センテッドティーの特徴です。

この講義の問い

  • 人はなぜ、
  • ただ香りを加えるのではなく、
  • わざわざ時間をかけて「香りを移す」という方法を選んだのでしょうか?

紅茶や中国茶の世界には、

「香りを移して作るお茶」があります。

花を混ぜるのではなく、

花と茶葉を一緒に置き、

時間をかけて香りを茶葉へ移してゆくのです。

それは、香料を加えるフレーバードティーとは、

かなり違う発想の世界でした。

今回は、自然の香りを茶葉へ写し取る、

センテッドティーの文化を見ていきましょう。

4.センテッドティーとは何か

花と茶葉が出会う「香り移し」の世界

センテッドティー(Scented Tea)は、香料(食品添加物)を使わず、自然の香りそのものを茶葉に移すという、古くからある「香りの伝統技法」です。

フレーバードティーのように香りを「設計して作り込む」のではなく、自然の香りを茶葉に移し、調和させるという発想が原点にあります。


1.センテッドティーとは「香りを移す」技術である

センテッドティーは、花・果実・木・煙などの「香気源」を用いて、茶葉が周囲の香りを吸収する性質を利用して作られます。

香料を加えるのではなく、茶葉の「吸香性(absorption)」を使って香りを移す点が最大の特徴です。このため、香りはフレーバードより柔らかく、トップノートがふんわり広がる特徴があります。


🌸2.代表的なセンテッドティー

ジャスミンティー(花茶の王)

茉莉花(ジャスミン)の生花を、摘んだその夜に茶葉に重ねて香りを移すお茶です。最も古いセンテッドティーで、中国の伝統技法です。

桂花茶(キンモクセイ茶)

キンモクセイの甘い香りを緑茶に移したものです。秋の風物詩として親しまれます。

ローズティー

薔薇の花びらを重ねて香り付けする欧州系の伝統茶です。

ラプサンスーチョン(松木の燻香)

煙の香りを茶葉に吸わせる「燻香茶」です。これもセンテッド技法のひとつなのです。

センテッドティーは、どれも「自然物の香り」をそのまま移したものです。


🌿3.センテッド技法の科学原理

水分活性と香気吸着のメカニズム

センテッドティーは、香料と異なり温度帯で香りを扱うわけではないため、フレーバードティーとは科学的背景が異なります。

ポイントは「水分活性(Aw)」です。

花や果実には、表面に「自由に動く水分」があり、この水分があることで香りの分子(揮発性成分)が空気中に放たれやすくなります。茶葉は非常に乾燥しているため、この香りを吸い込みやすいのです。

この「香りを動かす水分の力」を食品科学では 水分活性(Aw) と呼び、センテッドティーが香りを受け取りやすい理由の一つになっています。

  1. 生花は水分活性が高い
  2. ドライフルーツも成果ほどではないけれど水分活性がある
  3. 茶葉は乾燥しているため吸香性が強い
  4. 「湿 → 乾」の差が香りを移す仕組みを作るのです。
  5. 香りは「吸着(adsorption)→ 定着(fixation)」の順で移ります
  6. 香りが空気中に漂う
  7. その香りを茶葉が吸着する
  8. 長時間の接触で定着していく。

このような段階を踏んでできるので、センテッドティーは数時間〜数日かけて香りを定着させる必要があります。


4.センテッドティーの特徴

柔らかさ・揮発性・文化性

フレーバードティーと違い、センテッドティーは「自然そのものの香り」を扱います。

特徴

  • 香りが柔らかい
  • 揮発が早い(香りのピークは短い)
  • 花の状態で香りが変わる
  • 同じ手順でも再現性が低め
  • 生花の品質がすべてを左右する

つまり、センテッドティーは「自然と対話する茶」で、香りの揮発や季節性までも含めて楽しむ文化です。フレーバードのように「設計された安定香」ではないからこそ、不安定さに美しさが宿る世界でもあります。


5.家庭でできるセンテッドの簡易版

本格的なセンテッド(プロの花茶)は温度・湿度・水分・花材の鮮度と量など非常に高度な管理が必要ですが、家庭向けの「簡易安全版」なら難しくなく再現可能です。(詳細は次章で実践手順としてまとめます)

  1. 食用花だけを使用する(農薬リスク回避)
  2. 花びらを軽く乾かす
  3. 茶葉に重ねて密閉
  4. 数時間〜24時間で香りを移す
  5. 香りが移ったら花材は必ず除去(腐敗・カビを防ぐ)

このような形で「生花の香り」を安全に再現できます。


6.フレーバードティーとの本質的な違い

センテッドティーを理解するうえで重要なのは「フレーバードティーと同じ“香りのお茶”であっても、その成り立ちは根本から異なる」という点です。

まず、フレーバードティーは食品香料(エッセンス/フレーバー)を使って、香りを設計し、安定して再現するためのお茶です。香料の温度帯や揮発速度を計算し、必要な香りの方向性を「意図通りに作り込む」という、いわば香りの工学・デザインの領域に属します。

対してセンテッドティーは、自然の花・木・果実・煙など、生の素材が放つ香りを、茶葉が吸い込むことで生まれます。花が持つわずかな水分、時間帯、香気の揮発の仕方によって香りが毎回わずかに変化するため、同じ素材でも「同じ香り」にはなりません。これは、自然物の香気成分が時間ごとに変化するからです。

フレーバードティーが「意図通りの香りを作り出す茶」であるのに対し、センテッドティーは「自然から香りを受け取る茶」であり、そこには数百年にわたる茶文化の歴史と、素材との対話に重きを置く哲学があります。

また、フレーバードティーの香りは比較的しっかりと長く保たれる一方で、センテッドティーの香りは柔らかく、優しく、そして揮発しやすいのが特徴です。

香りのピークは短く、季節や花材の状態によって微妙にニュアンスが変わります。その「儚さ」こそがセンテッドの美しさであり、一期一会の体験をもたらします。

つまり、両者をまとめるとこうなります。

  • フレーバードティーは「香りを作る」茶。
    → 科学・再現性・設計の世界。
  • センテッドティーは「香りを受け取る」茶。
    → 自然・季節・一期一会の世界。

どちらが優れているという話ではなく「香りの世界には二つの文化がある」という理解こそが大切です。

Tea World では、この二つの世界を混同せず、それぞれの美点と技法を独立した体系として扱います。


ここまでのまとめ

フレーバードティーは「香りを設計する」技術
センテッドティーは「香りを受け取る」伝統技法

森のくま

自然の香りをそのまま移すことから、再現性よりも「一期一会の香り」なのです。

香りの揮発も含めて美として楽しむ

季節・花材・水分が香りを左右する

という、非常に文化性の高い茶の世界が広がります。

森のくまのひとこと

センテッドティーはてとも繊細なお茶です。

茶葉と材料の品質がダイレクトに出ます。

うまく作るコツは「良い茶葉」と「良い素材」を使うことかもしれません。

今日のポイント

  • センテッドティーは「香りを移す」文化
  • 花そのものを飲むわけではない
  • 茶葉は周囲の香りを吸収する
  • ジャスミン茶は代表的なセンテッドティー
  • 自然な香りには時間と手間が必要